建築審査会に対する審査請求の手続きに関する諸問題

目次

はじめに

建築基準法その他の建築基準関係規定に違反する建築確認処分がなされた場合,それにより権利ないし法的に保護される利益を侵害される方は,各自治体に設置された建築審査会に対し,建築確認処分の取消しを請求することができます(建築基準法94条78条行政不服審査法2条)。これを建築審査請求といい,行政処分に対する行政不服審査請求の一種です。

しかしその手続きは,行政不服審査請求の特殊性と建築確認の専門性とが交錯し,一般の方にとっても弁護士にとっても,解りにくいものとなっています。そこで以下においては,建築審査会の委員・専門調査員の委嘱を受けた弁護士としてこれまでに調査・検討してきたいくつかの事項について,取りまとめを試みました。以下の記述が,特に初めて建築審査にかかわろうとする方々にとって僅かでもご参考になるのであれば幸いです。

*内容の妥当性等については注意を払っていますが,その保証をするものではなく,その利用により何らかの損害が生じたとしても責任を負うものではありません。各投稿内容は,投稿者の個人的見解であり,投稿者が関係するものも含め,公的な組織・団体の見解を示すものではありません。著作権は筆者が保有しています。以上を含むご利用上のご注意のページを事前にお読み下さい。

なお,行政不服審査の手続き一般については,総務省の行政不服審査法審査請求事務取扱マニュアルもご参照下さい。

建築審査会とは

一般に,行政庁による違法又は不当な処分に対しては,行政不服審査を請求することができます(行政不服審査法1条~3条)。これは,国民の権利・利益の救済を図ることを目的とした制度です(最高裁昭和53年03月14日判決参照)。

ところで建築確認は,申請者(建築主)に対し,その建築計画にもとづく工事をすることができるという法的地位を与えるものとして(*),行政不服審査法にいう行政処分の一種です。

*最高裁昭和59年10月26日判決参照。なお昭和30年2月24日最高裁判所第一小法廷判決((行政事件訴訟特例法(当時)が)行政処分取消訴訟を定めているのは、国又は公共団体が、その行為により国民の権利義務を形成しあるいはその範囲を確定することが法律上認められている場合に、具体的行為により権利を侵された者のためその効力を失わせるためである。従って、同法にいう行政処分とは、このような効力(=国民の権利義務を形成しあるいはその範囲を確定する効力)を持つ行政庁の行為でなければならない。)参照。

そして,万一,違法な建築確認がなされれば,それにより近隣住民の権利・利益が害されることがあり得ます。例えば,建築基準関係規定は,建物の高さや形状を規制して近隣の日照を一定程度確保しようとしますが(日影規制),この規定の違反を見逃して建築確認がなされれば,やがて近隣の日照に関する権利・利益が害されます

そこでそのような場合には,行政不服審査を請求することができます。その請求先は,通常は,当該処分庁等の最上級行政庁であるので(同法4条4号4号),例えば東京23区の建築主事(*)による建築確認処分であれば区長が審査請求先となりそうですが,建築基準法は,建築確認の専門性にかんがみ,建築基準法令の規定による,①自治体の建築主事や,②民間の指定確認検査機関等の,処分又はその不作為についての審査請求は,各自治体に置かれた建築審査会がおこなうものとしています(建築基準法94条行政不服審査法4条本文)。これが建築審査請求です。

*法改正により、2024年4月から小規模建物について建築確認をおこなうことができる建築副主事という役職が創設されました。以下において「建築主事」とある部分は、適宜「建築主事又は建築副主事」と読み替えて下さい。

建築審査会は,上記審査請求を審査する等の目的で設置される機関で,建築士,弁護士等により構成され(建築基準法79条),合議により請求の当否を判断します。

建築審査会の委員

建築審査会の委員は、法律、経済、建築、都市計画、公衆衛生又は行政の専門家から,例えば東京都内であれば,都知事又は23区の各区長が,それぞれ5人以上を任命します(建築基準法79条)。実際に選ばれるのは,多くの場合,行政については東京都又は東京23区の建築行政においてかつて責任ある地位にあった方,法律については弁護士,建築の専門家としては建築士などで,建築審査会では,各委員がそれぞれの専門領域からの意見を交換し,審査請求の成否を判断します。

審理員

通常の行政不服審査の審理手続は、原則として、審理対象の処分に関与していないなどの要件を満たす行政庁の職員の中から,審査庁が指名した「審理員」が行います(行政不服審査法9条)。行政不服審査は,行政庁内部で行政処分を審査する制度ですが,内部の審査であっても一定の公正さを担保しようとしたものです。しかし,特定の分野につき外部の第三者による審査会が設置されている場合にはこのような制度は必要がありません。そして建築審査会も,外部の建築の専門家や弁護士など,職員ではない第三者から構成される機関であるため,建築審査会に対する建築審査請求において審理員は指名されず,審査法に”審理員”とある箇所は,”審査庁”(←建築審査請求では”建築審査会”)と読み替えます。

(法令の定め)
行政不服審査法9条 ・・審査請求がされた行政庁(・・以下「審査庁」という。)は、審査庁に所属する職員・・のうちから・・審理手続・・を行う者を指名する・・。ただし、次の各号のいずれかに掲げる機関が審査庁である場合・・は、この限りでない。
 三 地方自治法・・第百三十八条の四・・第三項に規定する機関
      ↓
地方自治法第百三十八条の四 三項 普通地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより、執行機関の附属機関として・・審査会・・を置くことができる。

要するに、審査会は、審理手続を行う者(略称「審理員」:11条2項)を指名しない、ということです。その上で、以下の定めにより、審理員の職務として定められている事項は、審査会がみずから処理します。

9条3項 審査庁が第一項各号に掲げる機関である場合・・においては、別表第一の上欄に掲げる規定の適用については、これらの規定中同表の中欄に掲げる字句は、それぞれ同表の下欄に掲げる字句に読み替える・・。→ 別表:各規定の 審理員審査庁

建築審査請求手続きの流れ

(1) 審査請求人が審査請求書を担当窓口(建築審査会事務局)に提出します(行政不服審査法19条)。正本(審査会用)のほか副本(写し)の提出も必要です(行政不服審査法施行令4条)。
(2) 副本が処分庁(建築確認処分をおこなった自治体の担当部署又は民間の指定確認検査機関)に送付されます。
(3) 処分庁が弁明書を提出します(29条)。
(4) 審査請求人が、弁明書に対する反論書を提出します(30条)。
(5) 以上の弁明書と反論書のやりとりは、数回にわたりなされることがあります。また、裏付け資料がある場合は、それらも併せて提出します。
(6) 建築審査会は、逐次提出される審査請求書、弁明書および反論書ならびに証拠資料にもとづき審査を進めます。審査は通常は非公開です(後述)。また現場検証をすることもあります(35条)
(7) 公開による口頭審査が開かれます(建築基準法94条3項)。審査請求人及び処分庁関係者が建築審査会に出頭するのは、通常はこの1回のみです。
(8) 以上の結果を踏まえて裁決がなされ、裁決書が当事者双方に送達されます(51条)。

行政不服審査制度の目的

最高裁判例

行政不服審査制度の目的は,行政不服審査法1条によれば

1 国民の権利利益の救済  と
2 行政の適正な運営の確保

ですが,最高裁昭和53年3月14日判決は,1がメインで2はあくまでサブ,と理解すべきである(「現行法制のもとにおける行政上の不服申立制度は、原則として、国民の権利・利益の救済を図ることを主眼としたものであり、行政の適正な運営を確保することは行政上の不服申立に基づく国民の権利・利益の救済を通じて達成される間接的な効果にすぎないものと解すべく・・」)としています。

*上記最高裁判例はその理由を詳論しませんが,これはおそらく統治機構をめぐる基本的な考え方にかかわることであると考えられます。日本国憲法の定める三権分立の下で行政の適正な運営の確保に責任を負うのは内閣であって裁判所ではない,裁判所がそのような問題に関わることができるのは国民の具体的な権利救済の場面のみである,という認識が根本にあり,行政不服審査も最終的には裁決取消請求訴訟の形で裁判所において決着するものである以上,その制度目的も上記のように考えざるを得ない,ということだと思います。

上記最高裁判例の影響する場面

そして,行政不服審査制度の目的は国民の権利・利益の救済にある,という基本的スタンスは,以下の3つの側面に現れます。すなわち

1 審査対象たる処分の意義(=その「処分」は,誰かの権利・利益に変動をもたらしましたか?)
2 当事者適格(=あなたは,その処分により権利・利益を侵害された人ですか?)
3 審査請求の利益(その処分を取消せば,あなたの権利・利益は救済されますか?)

*このような論理関係については,例えば最高裁判例解説民事篇昭和59年度423頁以下参照。

審査請求の適法性(審査請求要件)を検討する場面で,当事者の権利・利益が繰り返し問題となるのは,このような理によるものです。

行政不服審査の期間制限

行政不服審査請求には,期間制限があります。

行政不服審査法18条 処分についての審査請求は、処分があったことを知った日の翌日から起算して三月・・を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
2 処分についての審査請求は、処分・・があった日の翌日から起算して一年を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。

審査請求書に処分があったことを知った日の記載が要求されるのは,このためです。

期間を徒過した場合の救済

期間を経過してしまった場合の上記18条の”正当な理由”については,(A)行政処分の早期確定の要請と,(B)当事者救済の必要性,とのバランスを考慮し,個別に判断されることになると思われます。

なお,上記規定の旧規定である旧行政不服審査法14条1項は
 天災その他審査請求をしなかったことについてやむをえない理由があるときは、この限りでない
として,救済される場合を「天災又はこれに匹敵するやむを得ない理由」に厳しく限定していたので,上記旧法下の判例は(限界事例の境界線の判断基準としては)参考としにくいことにご注意下さい。

確認済みの看板と起算点

「処分があったことを知った」というのは,処分があったことを知ることができたというだけでは足りません(最高裁平成14年10月24日判決)。ちなみに同最高裁判決は,都市計画事業に関する処分につき,都市計画法に基づく告示があった日をもって(仮に申立人が告示を見なかったとしても)知った日と解するのが相当であるとしています。しかし,建築確認処分については,”施工者”がおこなう現場での確認済みの”表示”(建築基準法89条)の日をもって処分があったことを知った日とすることはできません。都市計画事業の認可は事業地内の土地所有権等に効力の及ぶ処分なので,関係権利者に処分が通知されて効力を生じるはずですが,関係権利者全員を探し出して個別に通知を到達させるのは極めて困難なので(例:登記名義人が死亡し相続人も直ちには判明しない場合)、法は,告示という方法で画一的に処理することにし,処分の効果を速やかに発生させて事業を進めることができるようにしたものです(もし,関係権利者の中に告示を目にしなかった者がいればいつ処分取消請求をされるかもしれない,ということでは,安心して事業を進めることができません(事業地を1年間放置して(上記18条2項)様子を見る必要がありそうです))。そこで,上記判例は,上記告示制度の趣旨にかんがみ,告示があった日をもって知った日とすべきであるとしたものであると考えられます。これに対し建築確認は,告示により効力を発生させる処分ではないので(施工者による確認済み看板の設置は,確認処分の効力発生とは無関係です),上記判例とは前提を異にします。したがって,「”施工者”による”確認済みの表示”」=「”処分庁”による”告示”」であると解釈することはできません。

以上により,建築審査会に対する審査請求において請求期間の徒過を主張しようとする場合は,審査請求人ら一人一人につき,例えば近隣説明会で説明を受けた等の具体的事情を主張・立証しなければならなくなると思われます。

総代

審査請求人として名前を出すのは良いが,自分で書面を書いたり仕事を休んで口頭審査に出席したりすることはできない,それらは代表者に一任したい,という場合は,代表者(3人以内)を総代として選任し,他の共同審査請求人のため審査請求に関する一切の行為をしてもらうことも可能です(行政不服審査法11条)。なお,総代となる人に弁護士等の資格は不要です。*もっとも,審査請求人の数が多ければ主張が通りやすくなるということはないので,無理に審査請求人の数を増やす必要はありません。

弁護士資格のない代理人

「非弁行為」について

行政不服審査請求は,代理人によってすることができます(行政不服審査法12条)。しかし,弁護士でない者が,報酬目的で,業として(=反復継続して)審査請求に関する代理その他の法律事務を取り扱うと,二年以下の懲役又は三百万円以下の罰金となるおそれがあります(弁護士法72条77条3号)。但し,建築士は,建築に関する法令又は条例の規定に基づく手続の代理をすることが許されているので(建築士法21条),建築審査請求に関しては、これが弁護士法72条の「他の法律に別段の定めがある場合」に該当するものと考えられます。

建築審査会に対する審査請求においては,自称コンサルタント等が,代理人として建築審査請求書,反論書等を作成・提出したり,公開口頭審査に出頭して発言しようとしたりする場合があります。民事訴訟では,このような”白タク”のような無資格営業行為は明文で禁じられていますが(民事訴訟法54条),行政不服審査ではどう考えるべきかが問題となります。

最高裁判例

まず、無資格の代理行為がすべて違法になるわけではありません。最高裁昭和46年7月14日判決が「私利をはかってみだりに他人の法律事件に介入することを反復するような行為を取り締まれば足りるのであって、同条(弁護士法72条)は、たまたま、縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため好意で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもって目すべき行為までも取締りの対象とするものではない。」としていることにかんがみれば、例えば、審査請求人の同居の配偶者が行政不服審査請求の代理人になるとか、会社の担当部長が自社の行政不服審査の代理人となるといったことは、弁護士法違反とはならないと考えうると思います。

そして,上記以外の場合であっても,代理人が刑事罰を受けうるかという問題と,その代理行為が無効かという問題とは,別問題であることに留意する必要があります(最高裁平成29年7月24日判決(代理行為に至る経緯等に照らし,公序良俗違反の性質を帯びるような特段の事情がない限り,代理行為自体は無効とはならない)(司法書士の取扱いが許されない高額な過払金の和解の事案))(*)。非弁による代理行為を無効とすべきか否かは,弁護士法違反行為を抑圧するため代理人に刑罰を科すだけでは足りずその代理行為も無効とすることまで必要か,それにはどのような副作用があるか,ということまで検討して決めなければならない,というのが上記最高裁の考えであるようです。

*弁護士以外の方には「違法だが無効ではない」という理屈は難しいかもしれません。これは例えば白タクがA地点で客を拾いB地点まで走行して摘発された場合,運転手が処罰されるからといって,警察が乗客に「A地点まで歩いて戻れ」とは言わないようなもの,とお考えいただいても結構です。

最高裁判例の適用

建築審査会に対する審査請求では,代理行為が無効とされた時には審査請求期間が徒過している場合も多いものと予想され,当事者保護の見地からすると,そのような行為を無効とすれば少なからぬ副作用は避けられません。その点も考慮しつつ上記最高裁判決の示す理を適用すれば,建築審査会に対する審査請求においても,代理行為に至る経緯等に照らし,公序良俗違反の性質を帯びるような特段の事情がない限り,すでになされてしまった代理行為自体は無効とはならないとすることが可能であると考えられます。

(注)だからといって弁護士ではない者による法律事務の取り扱いが適法になるものではなく,弁護士の資格なしで業として行政不服審査請求の代理をおこなう者が摘発を受けるリスクを常に抱えていること,そしてそのような事態に至れば委任者にも様々な迷惑が及ぶことは,言うまでもありません。

補佐人制度の利用も

なお,公開口頭審査に限っては,弁護士資格のない方も,建築審査会による許可を得て,代理人ではなく本人に付き添う補佐人として出頭し,本人の発言を補充することができます(行政不服審査法31条3項)。建築の知識はあるが代理人の資格はないという方が関係者に助力したいという場合には,こちらの制度を利用することができます。

行政不服審査の当事者適格

法律の規定

行政不服審査法2条は,全国どこかの行政庁の処分に何か不服がありさえすれば,全国どこの誰でも行政不服審査請求ができる・・・ようにも読めます。しかし,行政不服審査の審査請求人になれる者(当事者適格がある者)は,当該処分について不服申立をする法律上の利益がある者に限られる,とされています。

この点,行政事件訴訟に関しては,行政事件訴訟法9条

処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴えは、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。

と定めますが,行政不服審査法には類似の条文がありません。

最高裁判例

そもそも行政不服審査の制度目的は,行政不服審査法1条によれば

1 国民の権利利益の救済  と
2 行政の適正な運営の確保

であるわけですが,最高裁判所昭和53年3月14日判決は,1がメインで2はあくまでサブ,と理解すべきだから,「不服がある者」という言葉の意味を「不服があれば全国どこの誰でも」と理解するのは間違いで,当該処分について不服申立をする法律上の利益がある者,すなわち当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者,と理解すべきである,としています。

つまり,建築審査会に対する審査請求を含む各種の行政不服審査は,民衆争訟(=全国どこの誰でもタイプの訴訟)(行政事件訴訟法5条)のような手続きではなく,これを請求することができるのは,上記の法律上の利益がある人に限られるというわけです。

なお「行政不服審査法は,行政事件訴訟法とは規定の仕方が違うのだから,不服審査は訴訟よりも訴えの利益を広く考えても良いのでは・・・」という解釈もないではなく,実際にそう主張した人もいたのですが,東京高裁はこれを否定しました(東京高裁平成6年8月8日判決)。

これにより,たとえば建築確認を受けた建物が建築基準関係規定を遵守していないことにより想定される日照,通風,火災,倒壊等の被害と関係のない人には当事者適格がないことになり,そのような人による審査請求は却下されることになります。

近隣に住んでいない人からの建築審査請求

当事者適格

計画建築物の近隣に住んでいるわけでもなく賃貸物件を所有しているわけでもない人が,建築確認処分の取り消しを請求することができるでしょうか。

行政上の不服申立制度は,原則として,国民の権利・利益の救済を図ることを主眼としたものであり,行政の適正な運営を確保することは行政上の不服申立に基づく国民の権利・利益の救済を通じて達成される間接的な効果にすぎないものと考えられています。そのため,行政不服審査請求をすることができる者(行政不服審査の当事者適格を有する者)とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり,その取消等によってこれを回復すべき法律上の利益をもつ者であるとされます(最高裁昭和53年3月14日判決)。

これを建築審査会に対する審査請求についていうと,審査を受けるには、原処分が違法または不当であることにより、審査請求人が直接に自己の権利又は利益を侵害される関係にあることが必要であり,確認にかかる建築物自体により、直接に、自己の住居の日照もしくは通風を妨げられるか、又は右建物の火災もしくは倒壊によつて自己の住居が類焼または損壊する危険があることを必要とする,ということになります(東京高裁昭和48年9月14日判決)。

このような関係にない者が建築審査会に対して審査請求をすると,当事者適格を欠く者による請求として,却下となります。計画建築物の近隣に住んでいるわけでもなく賃貸物件を所有しているわけでもない人が,建築審査会に対して建築確認の取消しを請求することにより行政の誤りを糺す,ということはできません。

審査請求人の1人が遠方の居住者であった場合の対応

そこで処分庁又はその代理人弁護士によっては,審査請求人の中に遠方に居住する者が紛れ込んでいる場合,配置図,日影図等と住宅地図とを重ね合わせるなどして検討した上「この者は,本件建物による日照、通風の影響や,本件建物の火災,倒壊に伴う被害とは無関係であるから,当事者適格がない」と主張し,その審査請求人の審査請求を却下するよう求めることもあります。

しかし,そのような作業は,たいていの場合,労力の無駄です。そのような主張に意味があるのは,審査請求人の”全員に”当事者適格がない場合だけです。複数の近隣住民が共同で審査請求した場合,いずれにせよ何人かは建築確認処分の対象建築物の近辺に居住する者,すなわち上記の日照、通風,火災または倒壊の影響を受ける者として当事者適格を有する者であることが多く,その場合,建築審査会の審理は,それらの者の審査請求にもとづいて,当該建築確認処分の建築基準関係規定への適合性という実体的判断へと進みます。1人か2人の申立てだけ却下してもらったところで,審査請求全体を門前払いさせることにはならないわけです。したがって,遠方の居住者が審査請求人の中に紛れ込んでいたとしても放っておく,というのも,1つの合理的対応であると思います。

行政事件の当事者適格の特質

民法の法的利益との違い

行政不服審査請求の審査請求人としての当事者適格は

当該処分により自己の権利若しくは”法律上保護された利益”を侵害され
又は必然的に侵害されるおそれのある者

に限られる,というのは既述のとおりですが,弁護士さんが審査請求書を書こうとするとき,この”法律上保護された利益”について,日常の民事事件の感覚で民法上の不法行為における被侵害利益のようなものをイメージすると,うまく書けなくなってしまいます。

なぜなら,建築審査会に対する審査請求においては,例えば仮に新築建物の消防設備に多少性能不足があったとしても,近日中にそこで火災が発生し上記消防設備の性能不足のため自分の家に延焼する相応の蓋然性があるとは言いにくく,民法的には,上記性能不足を見落とした建築確認処分により個々人の利益が具体的に侵害された,とは構成しにくい(隣家の消防設備に性能不足があることのみを理由に民事上の損害賠償請求をすることは困難である)からです。

最高裁判例

しかしこの点につき最高裁は,”法律上保護された利益”とは(民法上の不法行為の被侵害利益のようなものに限られず)当該処分を定めた行政法規から導かれるもの(言わば,当該行政法規から「湧いて出てくる」個々人の利益)でも良い,としています。

当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益ここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである(最高裁平成14年1月22日)。

最高裁判例の適用

建築審査会に対する審査請求にこれを適用すれば,例えば建築基準法6条1項は,建築確認の対象となる建築物の倒壊,炎上等による被害等が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物について,その居住者等の利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解することができるので,そのような周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物の居住者又は所有者には,当事者適格が認められることになります。

当事者適格と取消し理由との関係

上記のように考えた場合,例えば,建築確認の対象となるマンションに住む予定もない人が,マンションの避難階段の不備を主張して建築確認処分の取消を求めることもできるのか?という疑問が生じるかもしれません。このような問題につき,下記裁判例は,当事者適格の問題と取消し理由の問題とは截然と分けて考えるべきものとし,上記のような取消請求も可能であるとします。

 原告らは、大規模駐車場に係る避難階段についての技術基準を規定する都条例32条6号は、当該建築物内部に滞在する者を火災等の危険から保護するための規定であり、当該建築物の近隣に居住する者を保護するための規定ではないから、審査請求人らは、本件処分によって侵害されるおそれのある法律上保護された利益を有する者ではなく・・本件処分の取消しを求める不服申立適格を有しない旨主張する。
 しかし、本件処分の根拠規定である法6条1項が、建築確認の対象となる建築物の倒壊、炎上等による被害等が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物について、その居住者等の利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきことは上記(イ)で説示したとおりであり、原告らの上記主張は不服申立適格の問題と主張制限の問題を混同するものであって、採用することができない(東京地裁平成30年5月24日判決)(控訴審の東京高裁平成30年12月19日判決も上記判断を維持)。

行政事件訴訟法の主張制限規定

建築審査会に対する審査請求ではなく,行政事件訴訟であれば,行政事件訴訟法10条により,主張理由が制限されます。

第十条 取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない。

行政事件訴訟法10条の類推適用の可否

そこで,行政不服審査請求に上記規定を類推することができるかが問題となります。そもそも行政不服審査法に訴訟法10条に該当する規定がないのは,行政事件訴訟は国民の法律上の利益を守る訴訟であるのに対し,行政不服審査は行政の適正な運営を確保することを目的とする制度でもある(行政不服審査法1条)ことによるものと思われます。そしてその制度目的から,行政不服審査では職権探知主義がとられています。そのため建築審査会に対する審査請求でも,例えば上記のような避難階段の違反を主張しなくても,建築審査会がその問題に気付けば職権でこれを審査の対象とすることができます。ということは・・もし仮に避難階段の不備を主張することが許されないなら,審査請求人としては,建築審査会に対し,職権でその問題を取り上げてくれるよう求める上申書でも提出すれば良い(その点の違法が疑われるなら,取り上げてくれる可能性は高い)というだけのことです。したがって,行政事件訴訟法10条にあたる規定があえて設けられていない法文,行政不服審査の制度趣旨,及び職権主義とのバランスから考えて,行政不服審査に行政事件訴訟法10条を類推して上記のような主張を制限することはできないと考えられます。裁判例も

東京地裁平成29年2 月7日判決:平成28年(行ク)第315号(裁判所サイト未掲載):行訴法10条1項は、取消訴訟を対象とする規定であって、旧行審法にこれを準用する旨の規定は見当たらず、他に旧行審法上の審査請求手続において行訴法10条1項が類推適用されると解すべき根拠もないから、相手方らの上記主張は採用することができず・・・

あるいは

東京高裁平成30年12月19日判決:控訴人らは、行政事件訴訟法10条1項は行政不服審査手続にも類推適用されるべきであるとし、その前提に立って、審査請求人らにとって都条例32条6号違反は自己の「法律上保護された利益」と関係のない違法主張であるから、このような違法主張をすることができないと主張する。しかし、旧行審法は、行政事件訴訟法10条1項を準用する旨の規定を置いておらず、同項が行政不服審査手続に類推適用されるとすべき根拠もない。したがって、控訴人らの上記主張は採用することができない。

などとしています。

行政不服審査でありがちな却下理由

それは処分ではありません

行政庁の建築確認担当部門は,日々の業務の中で,建築確認の事前相談その他の各種問合せに応じることがありますが,その回答内容を不服とする方が,建築審査会に対する審査請求によりその回答の取消しを求めることがあります。たとえば,将来の建築計画について相談したところ「この敷地でその建物は建築できません」と回答されたのが不服で建築審査会に対してその回答の取消しを求める,といった具合です。しかし,建築審査請求は,建築基準法令の規定による建築主事,指定確認検査機関等の処分(例:建築確認処分)又はその不作為について審査する手続きです(建築基準法94条)。

ここで行政庁の処分とは,行政庁のあらゆる行為を意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものを意味します(最高裁昭和30年2月24日判決)。法が行政処分の取消変更を求める制度を定めたのは、国又は公共団体等のそのような行為によつて権利を侵された者のために、その違法を主張せしめ、その効力を失わせて被害者を権利侵害から救済するためだからです。そのため,行政庁の行為を(1)法令上の根拠があるか(公権力の主体としての行為か),(2)権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているか,という2つのフィルターにかけて,両方ともパスしたものだけが審査対象となります(最高裁判所判例解説平成16年度民事篇(上)P296参照)。

しかし,冒頭のような回答は,相談者の権利義務を確定しません。相談担当者の回答には,後日に確認処分を担当する建築主事や民間の指定確認検査機関に対する法的拘束力がなく,建築主事や指定確認検査機関が異なる見解にもとづいて建築確認処分を出す可能性もあり,相談者に建築物を建築できる法的地位が与えられるか否かは未確定というほかないからです。

もちろん,相談の段階でNGの回答があれば,将来において,建築確認を申請しても拒否される可能性が高いことになるとは思いますが,法的効果が確定的となるのはあくまで確認の段階であり,その際は設計図書等を子細に検討して単なる相談より高い精度で結論を出すのであり,それゆえ,一連の手続きの流れの中で建築確認処分を審査対象とすることが最も効率的な救済になると思われます(最高裁判所判例解説平成16年度民事篇(上)P300注2参照:一連の手続きの中でどの段階を不服申立のターゲットにするのが良いかという問題です)。

したがって,建築審査会に対する上記のような建築審査請求は,請求対象となり得ない行為について審査請求したものとして,却下となります。

それは不作為ではありません

近所の建物に建築基準法違反があることを疑い,役所の建築指導課に出向いて是正命令をお願いしたが,役所は思い通りに動いてくれなかった,といった場合,これは役所の違法な不作為であるとして,建築審査会に対する審査請求がなされる場合があります。

確かに、不作為は行政不服審査の対象となる場合があります。しかし注意すべきは,日常用語における不作為と,行政不服審査における不作為とでは,意味が違うということです。行政不服審査法3条は,不作為を

  【法令に基づく申請】に対して何らの処分をもしないこと

と定義します。また,不作為について審査請求することができる資格を

  法令に基づき行政庁に対して処分についての申請をした者

とします。すなわち,不作為であると言えるには,まず【法令に基づく申請】をし,それに対する処分をしてくれなかったことが必要です。例えば,建築計画について【建築基準法第6条に基づいて】確認申請をしたが,その計画に建築基準関係規定違反はないのに,相当の期間が経過したにもかかわらず建築主事が確認を出してくれない,というような場合です。これと反対に,“法令に基づかないお願いごと”に役所が応じてくれなかった、という場合は、行政不服審査の対象たる不作為ではありません。

建築審査会に対しては,冒頭のような審査請求が時折なされますが,建築基準法上は,近隣住民の行政庁に対する「違法建築物に対する是正措置を求める申請」という制度がありません。したがって,冒頭のような事例は,行政不服審査法上の不作為には該当しません。役所の窓口には,毎日ありとあらゆる要請が持ち込まれますが,それらは【法令に基づく申請】でない限り,その1つ1つにつき思い通りに対応してくれなかったからといって行政不服審査を申し立てることができるわけではない,ということです。

そのため,上記のような審査請求は,却下となります。

工事が完了しています

行政上の不服申立制度は,原則として,国民の権利・利益の救済を図ることを主眼とします(最高裁昭和53年3月14日判決)。したがって,仮に処分を取り消したとしても当事者の権利・利益が救済されないのであれば,手続きを進める利益がなく,そのような場合には,審査請求を却下することになります。このような処分の取消を求める利益を「審査請求の利益」といいます。

建築審査会に対する審査請求では,工事の完了が,審査請求の利益消滅の代表的事由です。なぜ,工事完了→請求却下,になるかというと・・・建物を建築する前には,建築計画が建築基準関係規定に適合していることにつき確認を受けます(建築確認)。これを受けないと,工事を始めることができません。これが取消されれば,工事を続けることができません。

これとは別に,工事完了後のチェックシステムとして、完了検査(建築基準法7条)と使用禁止命令,是正措置命令等(9条)があります。

ここで注意すべきは,工事完了後の完了検査や使用禁止命令・違反是正命令の担当者は,着工前になされた「この建築計画は適法である」との建築確認に法律上拘束されない,ということです。すなわち,建築確認を受けて工事をしたが,建築確認の担当者は計画に違法な点があることを見落として確認を出してしまっていた,という場合,建築主事等は,完成した建築物につき,検査済証の交付を拒否し又は使用禁止命令・違反是正命令等を発することができるが,その前提として建築確認の取消しがなされたことは必要がない,ということです。

したがって,工事完了後は,違法な点があれば,ダイレクトに検査済証の交付を拒否して建物が使用できないようにするとか(第7条の6),ダイレクトに使用禁止命令・違反是正命令等を発するとかすれば良いのだから,建築確認処分をわざわざ取り消す利益がない,建築確認を取り消しても違法建築物により権利を侵害される当事者の権利・利益が救済されるわけではない,ということになります。

最高裁も,建築確認処分の取消請求訴訟において,工事完了後に建築確認を取り消すことには訴えの利益がないとして,工事完了後の建築確認処分取消請求を却下しています(最高裁昭和59年10月26日判決)。

したがって,処分庁は,工事が完了した段階で,建築審査会に対し,審査請求の利益がないとして審査請求の却下を求めることになります。逆に,建築審査会に対する審査請求を申立てる立場からすれば,工期が残り短かそうな案件について審査請求する場合には,手続きを急ぐ必要がありますし,執行停止手続き(行政不服審査法25条)により工事を止めることも検討する必要があります。

なお,審査請求人の代理人弁護士から「建築確認を取り消せば,建築主事等が,完成建築物につき検査済証の交付を拒否しやすくなり,又は違反是正命令等を発しやすくなる,という事実上の利益がある」という主張がなされる場合もあり得ます。しかし,検査済証の交付を拒否したり,使用禁止命令,是正措置命令等を発したりするかどうかは,建築確認とは全く別個独立に決定されるものであつて、建築確認を取消したからといって検査済証交付が拒否され,又は使用禁止命令,是正措置命令が発せられる法律上の保障は全くありませんし、また,逆に建築確認が有効に存続したとしてもその後にされる上記各種措置に対し格別の確定力ないし拘束力を有するものではなく、建築主事が同一建物について上記各種措置をとることは妨げられません。したがって,このような事実上の利益だけでは審査請求の利益を基礎づけるに足りるものとすることはできないと考えられます(最高裁昭和57年4月8日判決第三項末尾括弧書き(改正前の学習指導要領のもとでの検定不合格処分が取り消されれば,改正後の学習指導要領のもとで同じ記述をする自由が回復する,という主張に対する判示部分)参照)。

計画変更の確認処分がなされました

建築主は,建築確認済みの建築計画につき,事業計画の都合等により建築計画を変更して,変更後の図面等に基づいて計画変更の確認処分を得ることができます。建築確認済みの建築計画に建築基準関係規定に適合しない部分があると気付いた時も同様で,その部分につき違反のないよう建築計画を変更して,計画変更の確認処分を得ることができます。既存の建築確認に建築基準関係規定に適合しない部分がある場合において,同部分を変更する内容の変更確認をしてもそれだけでは違法とはならない,と考えられるからです(東京地裁平成19年9月27日判決)。

こうして変更確認処分を得た後は,建築主は,変更後の計画にもとづいて,建築を続行することになります。

これらの場合,変更前の確認処分(以下「原処分」)は,計画変更確認処分がなされたことにより無効となるのか・・? もし無効になると考えるなら,一度無効になったものを建築審査会がさらに取り消すことはできないので,原処分についての建築審査会に対する審査請求は、却下になります。

この点につき東京高裁平成19年8月29日判決は,

建築確認変更処分は,当初の建築確認処分が有効であることを前提として,変更に係る部分についてのみ,これが建築基準関係規定等に適合することを確認するもの

ではなく

変更に係る部分以外の部分を含む変更後の建築計画全体につき,改めて建築基準法令の規定等に適合するか否かを判断し,適合すると判断した場合には既にされた建築確認処分を変更する処分

であると解されるから,建築確認変更処分がされると,これにより既存の建築確認処分は取り消され,その効力は消滅することになると解するのが相当である。

としました。また

東京地裁平成19年1月16日判決は,3回の計画変更の確認処分がなされた案件につき

①本件変更処分1により本件確認処分は取り消されて消滅し,②本件変更処分2により本件変更処分1は取り消されて消滅し,③本件変更処分3により本件変更処分2は取り消されて消滅したことになる

としました。

東京高裁平成19年8月29日判決が言うとおり、変更確認処分は、変更後の建築計画全体につき改めて建築基準法令の規定等に適合するか否かを判断し,適合すると判断した場合には既にされた建築確認処分を変更する処分であると思います。例えば、1室の床面積の変更は計画建築物の延べ床面積に影響しますが、延べ床面積が増大すれば、建物全体の容積率の再検討が必要で、また建物全体について必要とされる耐火性能も変化しうるからです(法27条)。

その上で、数次にわたる計画変更とそれに関する確認処分がなされた場合,最後の確認処分より前の確認処分も全部有効とすると,建築主には,いずれかの段階までロールバックしてその段階の計画で建築する選択権が与えられることになりますが,実務上,そのようなことを認める必要性はないはずで,現場感覚としても,そのような選択権があるとは,処分庁も設計者も建築主も,思っていないはずです。また冒頭の例のように,違法とされるべき箇所に気付かないまま原処分を受けてしまい,その補正のため計画変更の確認処分を受けた場合,原処分にもとづく建築が可能であるとすると,違法な状態まで戻ることを認めることとなって不適切です。しかも逐次の変更確認処分がなされた場合、全ての確認処分が有効であるとすると、その後の建築行為がいずれの確認処分に基づく行為であるか不明瞭となり、手続きが不安定になります。例えば建築基準関係規定違反が疑われる建築が進行している場合、近隣住民その他の第三者としては、過去の数次の確認処分のうちいずれの取消しを求めれば良いのかわからなくなります。

そうであれば、上記裁判例のように、変更確認処分がなされた場合は原処分の効力は消滅するものと考えるのが良いと思います。但し、上記2つの裁判例のように変更確認処分により原処分が「取り消される」とすると、取り消しの遡及効によりそれまでの工事が違法着工になってしまうので、「効力は将来に向かって消滅する」とするのが良いと思います(東京地判平成25年12月25日)。

上記裁判例のような考え方をとるなら,すでに無効となった原処分に対する審査請求は却下することになるので,審査請求人としては(計画変更で修正された以外の問題点が残っている,と考える場合には)新しい建築確認処分について,あらためて建築審査請求をおこなうことになります。その後は,2事件が併合審理され,建築審査会は,前者を却下し,後者について認容又は棄却もしくは上記以外の訴訟要件に問題があるときは却下の判断をおこなうことになります。

審査請求人又はその代理人弁護士としては,計画変更の確認処分がなされると逃げられたように感じるかもしれませんが,建築審査請求の制度目的は,建築基準関係規定に適合しない点を見逃して確認処分をした過去の行為を糾弾することにあるのではなく,建築基準関係規定に適合しない建築物の建築を防ぐ,ということにあるのであれば,上記のような扱いも,その制度目的には適合することになります。

この点、計画変更の確認処分を得た場合であっても、原処分はなお有効であるとする考え方もあるようです。その理由とするところは(1)計画変更の確認処分を得たことにより原処分に基づく建築工事が認められなくなるものではない、(2)計画変更の確認処分は別の処分庁が行うことも可能である(注:指定確認検査機関を変えて申請すること等を想定していると思われます)、(3)実務では計画変更の確認処分は変更部分のみを中心に審査することが現実である、などの点にあるようですが、いずれの理由も論理的には通用しがたいと思われます。(1)は、計画変更の確認処分を得た後も原処分は有効か(有効ならば原処分に基づく工事が認められます)との問いに対し、「原処分に基づく工事も認められる、したがって原処分は有効だ」としており、要するに「原処分は有効だ → ということは原処分は有効だ」と言っていて、論理が破綻しています。(2)は、別の処分庁が計画変更の確認処分をした場合に原処分が効力を失うか、との問いに対し、別の処分庁が処分するのだから有効だとしていて、これも「有効なものは有効だ」と言っているだけです。(3)は、例えば計画変更の確認処分に建築基準関係規定違反の見落としがあった場合、それが変更部分以外の部分に関する見落としであったとしても、当該計画変更の確認処分は違法性を帯びた取消しの対象となるべきものであることは論を俟たないので、計画変更の確認処分は変更部分のみを対象とする処分であるかのような前提が誤りです。計画変更の確認処分をおこなった処分庁は計画全体の建築基準関係規定への適合性について責任を負っており、違法箇所の見落としがあれば損害賠償請求や行政処分のリスクを負うことになります。

建築審査請求の理由を上手に書くたった1つのコツ

処分についての審査請求書の記載事項については,行政不服審査法19条が,概要以下のように定めます。

一 審査請求人の住所・氏名
二 処分の内容
三 処分があったことを知った日
四 審査請求の趣旨及び理由
五 処分庁の教示の有無及びその内容
六 審査請求日

以上を前提に各地の自治体がウェブ上で書式を公開していますが,上記四の請求理由は,たった1つのコツを守るだけで上手に書くことができます。それは全ての段落を

「従って,この建築計画は建築基準法@条@項に違反している。」

という1文で必ず締めくくる(そういう締めくくりができない文章は書かない)ことです。
*”建築基準法”の部分は,同施行令や消防法,各地の建築安全条例などそれ以外の建築基準関係規定になる場合もあります。建築基準関係規定とは,(ア)建築基準法,同施行令,各地の建築安全条例等の規定(建築基準法令の規定)と,(イ)建築基準法施行令9条所定の法令等の規定,です。

法律の規定

建築確認は,建築計画が,建築基準法その他の建築基準関係規定に適合しているかしていないかを確認し,適合していれば確認を出す手続きであるため(建築基準法6条),建築基準関係規定には適合しているにもかかわらず建築基準関係規定以外のこと(例えば,民法に違反すること)を考えて確認を出さないことは許されないとされています。

法6条4項は、建築主事又は建築副主事(以下「建築主事等」)が建築確認の申請書を受理した時は、建築物の種類に応じ35日以内又は7日以内に、建築計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査し、適合することを確認したなら確認済証を交付しなければならない、としており、建築計画が建築基準関係規定に適合することを確認したにもかかわらず同計画が建築基準関係規定以外の法令の定めに適合しないことを理由として確認済証を交付しないことを認めていません。そうであれば、建築主事等の建築確認における権限とは、建築計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査する権限であって、建築主事等には建築計画がそれ以外の法令の定めに適合するかどうかを審査する権限がないものと考えられ、建築確認とは、建築計画が建築基準関係規定に適合することのみを確認する手続きであり、確認済証とは、そのような確認がなされたことを証する書面であると考えられます。

なお、指定確認検査機関が確認をなすべき期間は確認申請者との間における契約により定まるものであるため、指定確認検査機関について定めた第6条の2は上記第6条4項の審査期間に関する規定を準用していませんが、法第6条の2の1項は、建築計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて指定確認検査機関の確認を受け確認済証の交付を受けたときは、当該確認は法第6条1項の規定による確認と、当該確認済証は同項の確認済証とみなすとしているので、建築確認及び確認済証の意義は、それらが主事等によりなされたものであるか指定確認検査機関によりなされたものであるかを問わず同じであると考えられます。すなわち、指定確認検査機関による建築確認も建築計画が建築基準関係規定に適合することのみを確認する手続きであり、指定確認検査機関が交付した確認済証もそのような確認がなされたことを証する書面であると考えられるのであって、それらを裏付ける指定確認検査機関の権限も、建築計画が建築基準関係規定に適合するかどうかを審査する権限にとどまり、建築計画がそれ以外の法令の定めに適合するかどうかを審査する権限を含まないものと考えられます。

最高裁判例

これにつき最高裁は,建築基準法に基づく確認申請の審査の対象には、当該建築計画の民法の規定への適合性は含まれないから、民法の相隣関係の規定(境界線からの建物の後退距離)に違反する建築計画についてなされた確認処分も違法ではない,としました(最高裁昭和55年7月15日判決)。建築確認にあたっては,建築基準関係規定以外の事項への適合性を審査の対象とすることはできない(たとえそれが,建築基準関係規定に類似する民法234条であったとしても!)というわけです。下級審も,建築主事は建築基準法及びそれに基づく命令・条例に適合しているかどうかを審査する義務のみを負うものであつて、右各規定以外の他の法令の適合性まで審査する義務や権限を有するものではない,などとしています(静岡地裁昭和53年10月31日判決(建築確認に関して),横浜地裁昭和58年12月19日(検査済証の交付に関して))。

現実問題として,自治体の建築主事や民間の指定確認検査機関の担当者の多くは,建築学科等の出身で建築問題には詳しいものの,民法その他の法律の専門家ではなく「この建築計画の民法上の問題点につき判例を踏まえて判断せよ」と言われても困ってしまいます。そのような意味でも上記判決は正当であると思います。

そして,建築審査請求は,そのような建築確認に対する不服申立て制度ですから,審査請求の理由としては,あくまでも建築基準関係規定に不適合であることを具体的に言わなければなりません。

ところが,ともすると,この問題に詳しくない方は(たまに弁護士さんも)例えば

このマンションが建つと近隣の日照が悪くなるから
建築基準法その他の建築基準関係規定には全然違反してないけれども
建築確認を取り消してほしい

といった審査請求をしがちです。しかし,上記のとおり,建築主事等には,例えばこのような日照権侵害(=民法上の不法行為に該当すること)などの事情を考慮して確認を拒否する権限はないとされていて,判例も示すそのようなルールを守った処分を”違法又は不当”(行政不服審査法1条)なものとして取消すことはできないと考えられます。

実際に,例えば
  【基準法上の】日影規制の作図ミスが判明して建築確認が取り消された例
なら,いくつかあるはずですが
  【基準法上の】日影規制の違反はないのに
  【民法上の】日照権侵害を理由に建築確認が取り消された
という例は,聞いたことがありませんし検索しても見つけることができません。

同様に,例えば大型店舗の建築計画について,建築基準法その他の建築基準関係規定には一切違反していないけれども,営業が開始されると騒音の被害を受け近隣の交通量も増えて迷惑だから,建築確認を取り消してほしい,といった請求もたまにありますが,これも同様な理由により認められません。

そのような基本的間違いを犯していないかをセルフチェックするためにも
 「従って,この建物は建築基準法@条@項に違反している。」
という1文ですべての段落を締めくくってみることが必要です。

もちろん,建築基準法その他の建築基準関係規定を守って建てられる建物により日照権が侵害され民法上の損害賠償義務が発生することはあります。しかしそれは民法上の問題なので,民事事件として,別途,弁護士に事件処理を委任し,裁判所において,処分庁ではなく建築主を被告として争うことになります。

対応のポイント

ところで指定確認検査機関の担当者の中には,建築審査会に対する審査請求において上記のような主張を受けると,例えば近隣の交通の安全性であるとか,迷惑の受忍限度などをめぐって,審査請求人との間で議論の応酬を始めてしまう方がいらしゃいます。しかしそのような対応については,前記のとおり建築審査会に対する審査請求との関係では法的に意味がないだけでなく,経緯次第では当事者の感情を悪化させかねない対応となるので,慎重であるべきものと思います。

へび玉道路

へび玉道路とは

建築計画の中には,前面道路に一定の幅員が必要とされるものがあります。例えば,前面道路の幅員が12m未満の敷地は容積率が削られる地域がありますが(建築基準法52条2項),そのような地域においてできるだけ大きな容積率を確保しようとすれば,12mの幅員がどうしても必要です。

このような場合に考えがちなのは,例えば前面道路が東西に伸びる場合,東から来た細い道路が,敷地の前だけプクンと膨れてすぐにしぼんで,西への細い道路につながる形(蛇が卵を丸呑みしたような形,ということで「へび玉道路」と言われます)にすれば良いではないか,ということなのですが・・・

へび玉道路の問題点

そもそも,前面道路の幅員の規制は,大容量の建物に万一火災が発生した場合,その道路を通じて,多数の緊急車両がスムースに到来し,消火・救助活動をおこない,多数の居住者・利用者らが速やかに避難できるようにすること,などを目的としたものです。へび玉道路では,この目的を達することができません。

へび玉道路に対する行政の考え方

そのため例えば,神戸市建築主事取扱要領は,へび玉道路を原則として認めません(iii―07:容積率算定の際の前面道路)。東京都は,総合設計許可手続きにおいて,へび玉道路は,原則として,規定の幅員を満たす道路としては取り扱えないとしています(総合設計許可要綱Q&A第5問)。へび玉道路を理由に,建築審査会に対する審査請求で建築確認が取り消された例もあります(中野区建築審査会:平成17年)。

へび玉道路を主張する場合のポイント

ところで東京都は,東京都建築安全条例の運用についてと題する技術的な助言(地方自治法245条の4第1項)を発していますが,その中で,同条例の1つの条項が幅員6メートル以上の道路への接道を求めていることに関し,原則として路線(結節点間)の幅員が6メートル以上であることに留意されたい,としています。そこで審査請求人としては,まずはこれを引用し,前述の例で言えば東の交差点から西の交差点までの間に法定の幅員を欠く箇所があるので違法であると主張することになりますが,そのような形式論”だけ”に頼ると,足元をすくわれます。

そもそも,技術的な助言には,法的強制力がありません。東京都も,「東京都建築安全条例の運用について(技術的助言)」に係る質問と回答についてにおいて

Q:本助言につきましては、行政手続法及び東京都行政手続条例で規定する「審査基準」、行政手続法に規定する「行政指導指針」には該当しないものとしてよいでしょうか。
A:該当いたしません。従って法令上の強制力を伴うものではありません。

としています。しかも上記「質問と回答について」は

Q:結節点の定義はあるのでしょうか。(例:道路の種別、幅員、本数など)
A:特にありません。

としています。「幅員6メートル以上の道路とは、原則として結節点間の幅員が6メートル以上であることをいう,しかしそもそも結節点とは何であるかについては,定義しない」というのは論理破綻である・・ということはとりあえず措くとして,いずれにせよ事案に応じた個別具体的な判断が要求されるものと思います。

上記「質問と回答について」も,上記技術的助言が,所定の幅員が確保されていれば行き止まり道路でもよい,としていることに関連し

Q:結節点聞の幅員確保が原則ですが,行き止まり道路の場合も可,ということは,敷地から片方の結節点間まで6メートル幅員が確保されていれば可,としてもよいのではないでしょうか。
A:個別具体的には,建築主事等の判断となります。

としています。

そうであるとすれば,その敷地や道路の状況等に応じた個別具体的な判断抜きに,両交差点間に法定の幅員を欠く箇所があることを形式的に主張したとしても,違法理由としては説得力を欠くことになります。

結局,へび玉道路の問題に関しては,一定の道路幅を要求するそもそもの趣旨に立ち返り,具体的な事案に即した判断をする必要があります。

例えば,山の中腹を開発した住宅地に向けてふもとから道路が続いている場合,その住宅地で火災があったとしても山頂から消防車や救急車が到来するとは想定しにくく,山頂側に交差点があったとしても,その交差点までの道路全体が法定の道路幅である必要はない,ということになると思います(上記技術的助言の用語を尊重するなら「山頂側の交差点は結節点ではない」ということになるのでしょうか?)。

判断基準を示した東京地裁の裁判例

以上に関し,東京地裁平成28年1月27日判決(平成27年(行ウ)第495号:判例集未掲載)も「結節点間の全てにわたって幅員が6メートル以上であることが必須である旨を定める建築基準関係規定は見当たらない,その敷地や道路の状況等に応じて判断すべきである」として以下の通り判示しました。

同項の趣旨は,上記のような大規模な建築物にあっては,火災その他の災害か発生じた場合にその敷地に接する道路を通じて,避難,消火及び救助活動を迅速かつ適切に行うことによって,当該建築物やその居住者等及びこれに隣接する建築物等やその居住者等に重大な被害が及ぶことのないようにする必要があり,そのためには,その敷地が幅員6メートル以上の道路に10メートル以上接する必要があるとの考え方に基づくものと解される。もっとも,上記のような趣旨に照らすと,建築物の敷地に接する道路が「行き止まり」 の道路である場合や,片方の結節点付近において幅員が所定の長さに足りない場合であっても,当該道路を通じて,避難,消火及び救助活動を迅速かつ適切に行うことに,何らの支障がないといえる場合も考えられるところである上,同項の規定やその他の関係法令をみても,延べ面積が3000平方メートルを超え,かつ,建築物の高さが15メートルを超える建築物の敷地が接すべき道路について,これに接続する他の道路の結節点間の全てにわたって幅員が6メートル以上であることが必須である旨を定める規定は見当たらない。そうすると,本件都条例4条2項は,上記の建築物の敷地に接する道路について,必ずしもその結節点間の全てにおいて6メートル以上の幅員を有していることを要するものとしているとまで解することはできないというほかはなく,上記の建築物に係る確認の処分に当たっては,上記のような同項の趣旨に照らし,その敷地や道路の状況等に応じて,当該建築物の敷地が10メートル以上「幅員6メートル以上の道路」に接しているか否かを判断する必要があるというべきである。

がけ条例

がけ条例に関する説明を別ページに追加しました。

がけ条例総論(自然のがけの場合)

既設の擁壁との関係

その他の諸問題

その他の問題について以下に適宜追記します。違法とされて建築確認が取り消された例も、適法とされて建築審査請求が棄却された例もあります。

第一種低層住居専用地域内における消防署の建築

縮尺の歪み

不実過誤

善解について

訴訟や行政不服審査請求でしばしばなされる“善解”に関する説明を別ページに追加しました。

確認処分後に建築基準が改訂されたら

建築審査会に対する審査請求は,建築審査会がもう一度建築確認を出す制度ではなく,処分庁によってなされた建築確認に違法な点がなかったかを後からチェックする制度です。

そのため,建築確認処分から裁決までの間に建築基準関係規定に変更があった(例:その地域の高さ制限が変わった)としても,それを考慮することはありません。

最高裁昭和28年10月30日判決:昭和26年(オ)412号:違法処分取消請求事件

(上告人の論旨は)裁判所が買収計画の当否を判断するについては、計画の当時の事実関係によるべきではなく、弁論終結に至るまでの各般の事情の変動も参酌しなければならないというに帰するが、行政処分の取消又は変更を求める訴において、裁判所が行政処分を取り消すのは、行政処分が違法であることを確認してその効力を失わせるものであつて、弁論終結時において、裁判所が行政庁の立場に立つて、いかなる処分が正当であるかを判断するのではない。所論のように弁論終結時までの事実を参酌して当初の行政処分の当否を判断すべきものではない。

最高裁昭和34年7月15日判決:昭和29年(オ)132号:行政処分取消請求事件

行政処分の取消または変更を求める訴において、裁判所が行政処分を取り消すのは、行政処分が違法であることを確認してその効力を失わせるのであつて、弁論終結時において、裁判所が行政庁の立場に立つて、いかなる処分が正当であるかを判断するものではない・・・。従つて、買収処分完了後売渡前において論旨の主張するような事情が発生したとしても・・・右事情が、ただちに、すでに完了した買収処分の瑕疵となるものということはできない。それ故、原審が処分時説をとつたことは正当であつて、論旨は採用することができない。

建築確認処分時に存在しなかった事情は,建築確認処分において考慮することはできないし(当たり前です),それについては後出しジャンケンのように後から違法を言うこともできない,ということです。

これに対し,建築確認処分時に,客観的に存在した事情があった(例:長さ10mの杭を打つ計画だったが,実はその地点の支持層は地下15mだった)にもかかわらず,建築確認申請書類からはそれがわからなかったため,処分庁は結果としてその問題を見逃して建築確認を出してしまった,という場合については,別の検討が必要です。

行政事件の証明責任

証明責任とは

行政不服審査において行政処分又はその不作為(建築基準法94条)を取り消す要件は,それらが違法又は不当であることです(行政不服審査法1条45条3項49条3項)(但し,建築確認処分には裁量が認められないので,建築審査会に対する審査請求においては違法のみが問題となり,不当(裁量権の逸脱又は濫用)は問題となりません)。建築審査会は,審査の結果,処分が違法でないと認めれば請求を棄却し(45条2項),違法であると認めれば処分を取り消します(46条)。これら以外に,どちらとも決め難い(真偽不明)という場合もありますが「どちらとも決め難いから裁決しない」というわけにはゆきません。

そのような場合の扱いは,(ア)法に違反する処分であったという証拠がないから棄却する,(イ)法に適合する処分であったという証拠がないから処分を取り消す,のどちらかになります。もし(ア)の扱いを採用すれば,審査請求人は「違法かどうか真偽不明の場合(違法性を基礎付ける具体的事実の存否が真偽不明の場合)には,請求が棄却されてしまう」というリスクを負担していることになります。(イ)を採用すれば,処分庁は「適法かどうか真偽不明の場合(適法性を基礎付ける具体的事実の存否が真偽不明の場合)には,確認処分が取り消されてしまう」というリスクを負担していることになります。このようなリスク負担を証明責任と言います。

実際の運用

実際の審査手続きにおいては,審査請求人が,審査請求書の中で,違法性を基礎付ける具体的事実を主張し(例:「この建築物は容積率の規制に違反している」),処分庁が,弁明書の中で,適法である理由を具体的に主張するのが通例です(例:「共用廊下や階段は、容積率の計算から除外されるので(建築基準第52条6項),それによれば容積率違反はなく,容積率違反の主張は審査請求人の誤解である」云々)。つまり,処分庁が証明責任を負担する形で自然に手続きが進行してゆき,審査員も処分庁も,普通はこれに異を唱えることはありません。

一部に誤解も

ところが,自己の建築確認処分の適法性を相当の根拠・資料に基づき主張・立証することにあまり積極的でない民間の指定確認検査機関もあると聞きます。自分たちの建築確認処分に苦情を言うような手続きには積極的に協力したくないとの素朴な感情によるものかもしれません。また,処分庁が弁護士を代理人として付けたのは良いが,その弁護士が日頃は民事訴訟を扱っている(それは弁護士として普通です)場合などには,「取消原因は審査請求人が証明責任を負うものだ」として,処分の適法性についての主張・立証に消極的になることがあるかもしれません。確かに民事訴訟であれば,取消原因は取消を求める側が証明責任を負います(例えば,詐欺により契約させられた被害者が,裁判所に契約の取消を認めさせるには,被害者の側で詐欺の事実を証明しなければなりません(民事訴訟法の法律要件分類説における”権利障害規定”の証明責任))。しかし,この民事事件の原則を行政事件にあてはめると,設計図書などの全関係資料は処分庁の側にあることなどもあって不公正な結果となりがちで,そのため学説にも,民事事件の証明責任論をそのまま行政事件に適用するものはないように思います。

裁判官の研究会による有力な説

このような行政事件の主張・立証責任に関し,行政事件に携わる裁判官による共著である「改訂 行政事件の一般的問題に関する実務的研究」(編集:司法研修所 発行:法曹会)は,「侵害処分・授権処分説」を基本とすべきである,としています(平成20年12月改訂版P172)。①国民の自由を制限し,国民に義務を課する行政処分(侵害処分)の取消しを求める訴訟においては,行政庁がその適法であることの立証責任を負担し,②国民の側から国に対して,自己の権利領域,利益領域を拡張することを求める申請の却下処分(受益処分の拒否)の取消を求める訴訟においては,原告がその申請の根拠法規に適合する事実についての立証責任を負う,とするものです。これによれば,違法な建築確認により日照や通風を害され延焼・倒壊等による被害を受けうる近隣住民が確認処分の取消を求める場合は①に該当すると思われます(*)。そうであれば,そのような案件においては,処分庁側が,審査請求人が主張した問題点について,確認処分が適法であることを立証する必要がある(適法かどうか真偽不明の場合には確認処分が取り消されてしまうというリスクを負担している)ことになります。そして上記説は,建築審査会の前述のような通常の進行にも整合します。

(*)適法な建築計画であるのに確認が受けられなかった場合は②に該当します。

最高裁判例(参考)

なお、これに関しては、最高裁平成4年10月29日判決(昭和60年(行ツ)133号)が、原子炉施設の安全審査(*)に関し「資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。」としたことも参考になります。

*同訴訟の対象は、原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的な判断であり、羈束行為とされる建築確認の判断とは異なる面もありますが、証拠が行政庁に偏在する場合についての最高裁の態度を窺い知ることはできます。

行政不服審査の職権探知主義

職権探知主義とは

民事訴訟では,権利関係(訴訟物)を基礎付ける事実,そしてその事実を裏付ける証拠につき,何を主張し,どのような証拠の取り調べを申し出るかは,当事者の責任です(弁論主義)。裁判所は,訴訟物を直接基礎付ける事実(主要事実)について,当事者が主張(弁論)していないものを取り上げることはできませんし,当事者が申し出てもいない証拠を取り調べることはできません。ところが,行政不服審査では,裁決の基礎となる事実の確定に必要な資料(=主要事実の主張+必要な証拠の申出)を審査請求人任せとはせず,審査庁がそれらを探索することも許されます。これを職権探知主義といいます。

行政不服審査には職権探知主義が適用される

建築確認処分取消の審査請求事件では

【訴訟物】処分の違法性一般(「一般」というのは「いろいろな理由による違法を全部ひっくるめて」という意味です

【主要事実】例えば,高さ制限違反がある,という具体的な違法の事実

という関係があります。もし民事訴訟であれば,裁判所が,当事者が主張してもいないのに,高さ制限違反とは別に,例えば容積率違反の問題を取り上げることはできません。これに対し,行政不服審査では,以下のように,当事者が主張していない違法事由を職権で調査することや(職権調査),そのために当事者が申し出ていない証拠を職権で取り調べること(職権証拠調べ)ができるものとされています。

その条文上の手がかりは行政不服審査法33条に求めることができます。同条は職権証拠調べを認めていますが,この条文を「当事者がある事実を主張したが,それを裏付ける証拠を提出できていない場合,それを職権で調べることができる」と限定的に読むのか,それとも「当事者が主張しない事実を探索するために職権で証拠調べをすることもできる」(職権探知)と読むのかについては,少なくとも改正前の行政不服審査法に関しては後説が通説であったそうです(行政不服審査法の逐条解説(宇賀克也)第2版P150)。

そして,平成26年の行政不服審査法改正前の東京高裁平成22年3月30日判決:平成21年(行コ)310号(裁判所サイト未掲載)は

行政不服審査は、なお、行政過程における争訟であって、私人の権利利益の救済とともに行政の適正な運営の確保をも目的とするものであることをも考慮すると、行政不服審査法も職権探知を認めていると解すべきである(訴願法当時のものとして、最高裁昭和29年10月14日第一小法廷判決・民集8巻10号1858頁参照)。

と判示しています。

*訴願法は,行政不服審査法の前身です。上記引用の最高裁判例は,選挙の効力に関する訴願の審理に際し、裁決庁は訴願人の主張しない事実を職権によつて探知することができる,と判示したものです。

その上で,改正後の現行行政不服審査法では以上の理は適用されない,という議論は特になされていない,とのことです(行政不服審査法の逐条解説150頁)。

以上によれば,当事者は高さ制限違反について主張・立証してきたのに,建築審査会は,高さ制限違反は認められないが容積率違反が疑われる,として議論の方向を変えた上で,容積率違反を理由とする建築確認処分取消の裁決に至る,ということもあり得ます(このあたりは,日頃は民事訴訟を扱う弁護士さんが行政不服審査に接した時,かなり戸惑う局面かもしれません)。

(補足)間接事実との関係

なお,上記の論理構造には,さらに下部構造があり
【訴訟物】処分の違法性一般

【主要事実】高さ制限違反があるという事実

【間接事実】主要事実を推認させる事実

例えば・・
(ア)この敷地は高さ制限10mの地域にある。
(イ)この敷地は高さ制限12mの地域にある。
(A)この建物の高さは10.1mである。
(B)この建物の高さは9.9mである。

としたとき,(ア)+(A)を認定すれば高さ制限違反ありという主要事実が認められ,(ア)+(B)を認定すれば認められません。ところで,当事者双方が(ア)を共通の認識として,もっぱら「建物の高さは(A)か(B)か」ばかりを議論していたとしても(*),審査会が当事者から提出された資料を見て「この地域は実は(イ)だ」と気付いたら,(イ)を前提に請求棄却の裁決をすることができますが,それは弁論主義vs.職権探知主義の問題ではないと考えられます。(ア)(イ)(A)(B)のような間接事実の認定には,もともと弁論主義の縛りがない(そうしないと,事実認定の際,裁判官の頭の中が窮屈になって困る)とされているからです。

*地下の基礎下端から地上の建物先端までの物理的長さは通常は議論の余地がありませんが、建物の高さ=平均地盤面からの高さ,なので,傾斜敷地等の場合に平均地盤面の計算を誤ると,建物の高さが変わってきます。

物件の提出要求の制度

建築審査会に対する審査請求手続きに必要な設計図書類は,処分庁又は建築主等の手元にあります。そして行政不服審査法は,書類その他の物件につき,提出要求の制度を定めます。

(物件の提出要求)
第三十三条  審理員(←建築審査請求では「審査会」と読み替えます(9条3項))は、審査請求人若しくは参加人の申立てにより又は職権で、書類その他の物件の所持人に対し、相当の期間を定めて、その物件の提出を求めることができる。(以下略)

著作権を理由とする提出拒否

これに関し,指定確認検査機関の中には,著作権を理由に,上記の提出を拒もうとするところがあります。しかし,そのような主張は,著作権法を誤解したものかと思われます。

著作物とは

そもそも,設計図書類には,著作権が簡単には認められません。著作権法は,著作物を次のように定義します。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

設計図書類は「学術の範囲に属するもの」ではありますが「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当しない場合が多々あります。たとえば日影図,建ぺい率・容積率の計算表,高さ制限・斜線制限の計算図等々は,誰がやっても同じ結果になるべきものですが,誰がやっても同じになるものは創作的表現ではありません。配置図等も,ある敷地に一定面積の四角い建物を隣地境界からの壁面後退などを遵守しつつ配置しようとすれば誰がやっても同じにならざるを得ない場合が多々あります。平面図の間取りなども,建築主の要望を取り入れればそうならざるを得ない場合も多く,そのようなプランは注文者の要請であって設計者の創作的表現とは言い難いものです。立面図に関しても,銀座や表参道のデザインビルならともかく,平均的な住宅や中小ビルの外観に「思想又は感情の創作的表現」は認め難い場合も多いと思われます。

行政不服審査手続きと複製権

そのような問題をとりあえず措いて,設計図書類の一部に著作物として評価すべきものがあったとすれば,冒頭の主張は,当該著作物の複製権(21条)の侵害を言うものであると考えられます。しかしこれについて,著作権法は,以下のように規定します。

(裁判手続等における複製)
第四十二条 著作物は、裁判手続のために必要と認められる場合及び立法又は行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には、その必要と認められる限度において、複製することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。(以下略)

第四十条 ・・裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条第一項において同じ。)における公開の陳述は・・(以下略)

建築審査は,建築審査会という行政庁の行う裁判に準ずる手続きなので,著作権法は,処分庁が設計図書類を複製して建築審査会に提出することを許容しています。

さらに著作権法は,以下のように規定します。

(複製権の制限により作成された複製物の譲渡)
第四十七条の七 ・・・第四十一条から第四十二条の二まで・・・の規定により複製することができる著作物は、これらの規定の適用を受けて作成された複製物・・・の譲渡により公衆に提供することができる。ただし、・・・第四十一条から第四十二条の二まで・・・の規定の適用を受けて作成された著作物の複製物(・・第四十二条の規定に係る場合にあつては、映画の著作物の複製物を除く。)・・・を、・・・第四十一条から第四十二条の二まで・・・に定める目的以外の目的のために公衆に譲渡する場合は、この限りでない。

これを解りやすく書き換えると

【上記】の規定により複製することができる著作物は、これらの規定の適用を受けて作成された複製物・・・の譲渡により【審査請求人を含む】公衆に提供することができる。ただし、・・・【上記】に定める【建築審査手続きの遂行という】目的以外の目的のために公衆に譲渡する場合は、この限りでない。

これにより,審査請求人が,行政不服審査法第38条に基づいて提出された物件の謄写をすることは著作権法42条で許され(したがって複製権侵害は,建築審査会が閲覧・謄写を拒む正当な理由(行政不服審査法38条)とならない),処分庁が設計図書類を書証として提出する際に副本を作成して建築審査会経由で審査請求人に交付することは47条の7で許されることになると思われます。

以上のとおりですので,審査上提出が必要な設計図書類について,著作権を理由に物件提出を拒み続ければ,正当な理由なく証明責任を尽くさないものと評価され,確認処分の取消しへと一歩を進めてしまうリスクをはらんでいると言えると思います。

秘密保持義務を理由とする物件提出拒否

指定確認検査機関の中には,建築基準法77条の43の秘密保持義務を理由に,物件の提出を拒もうとするところがあります。しかし,上記義務を理由として一律に(それだけを理由に何でもかんでも)提出を拒むことはできない,とするのが国土交通省の見解で,その旨の指導がなされています(平成22年3月31日 国住指第4912号「建築審査会への書類その他の物件の提出について」)。

そもそも行政不服審査法の物件の提出要求の制度は,昭和37年の同法制定時に定められたものですが,当時すでに公務員には,国家公務員法(昭和22年制定)及び地方公務員法(同25年制定)にもとづく秘密保持義務がありました。つまり,行政不服審査法は,提出要求の相手方に秘密保持義務があることを当然の前提として同制度を定めたのであり,そのような立法経緯からすれば,行政庁職員は秘密保持義務を理由として一律に物件の提出を拒むことはできない(そうしないと,行政不服審査法は初めから無意味な制度を定めたことになってしまう)と考えられます。そしてその後,民間の指定確認検査機関も建築主事と同様に建築確認という行政処分を担当することになり,それに伴い公務員と同様の秘密保持義務を負担することになったという改正経緯からすれば,国土交通省が,指定確認検査機関は(建築主事と同様に)秘密保持義務を理由として一律に提出を拒むことはできないと指導したのは,当然であると思います。

したがって,格別の理由(*)がないにもかかわらず,単純に,建築基準法上の秘密保持義務を形式的理由として物件提出をしなければ,懈怠により証明責任を果たさないものと評価され,確認処分取消へと一歩を進めてしまうリスクをはらんでいると思われます。

*保安上の理由から防犯設備の図面提出を拒むこと,プライバシー保護のため寝室や浴室などの間取りを黒塗りにすること,業務上のノウハウ保護のため独自の確認チェックシート提出を拒むことなど,色々とあり得ます。

建築審査会の傍聴

まれに,建築審査請求事件の当事者又は代理人弁護士の方が,審査会の期日に突如来訪され傍聴を希望される場合がありますが,多くの建築審査会では,評議における委員相互間の自由な議論を保障するため,①裁決の評議,②その他議長が公開することが適当でないと認めたとき,は会議を非公開とするものとしています。そのため,わざわざお越しになっても,会議冒頭の事務連絡等が終わりこれからまさに実質的な評議が始まるという段階で退出を求められ,実のある情報を得ることができないことが多いと思います。但し,口頭審査については,建築基準法により公開が義務づけられているので(94条3項),どなたでも傍聴が可能です。

公開口頭審査

出席者

建築審査会に対する審査請求手続きにおいて、裁決を行う場合は、審査請求人、建築主事、指定確認検査機関その他の関係人又はこれらの者の代理人の出頭を求めて、公開による口頭審査を行わなければなりません(建築基準法94条3項)。建築審査会に対する審査請求においては,設計上の問題が論点となるので,通常は,設計者が,口頭審査期日に先立って利害関係人として参加の申し立てをして建築審査会の許可を得て参加人となり(行政不服審査法13条),当日は指定確認検査機関の関係者と共に公開口頭審査に出頭します。また審査請求人,処分庁,参加人等でない方も,傍聴人として傍聴することができます(発言はできません)。

公開口頭審査の省略

公開口頭審査に関しては,審査請求が不適法であって補正することができないことが明らかなときは,公開口頭審査を省略して却下の裁決をすることも可能ということになっていますが(建築基準法94条3項行政不服審査法24条),同条の適用場面は限定的であると思います。というのも,行政事件の場合,当事者適格等の適法要件を考えていると,いつの間にか実体的判断に足を踏み入れている(踏み入れざるを得ない)場合が多いからです。

たとえば,建築確認処分の取消しを求める建築審査請求の当事者適格が認められるためには,まずは審査請求人が,建築物の違法に起因する日照・通風・延焼・倒壊等の影響を受ける者に該当することが必要ですが,計画敷地からある距離だけ離れた所に住む特定の審査請求人がそのような影響を受けるかどうかは,結局,その建築計画の内容を多少は具体的に検討するほかなく,審査請求書を受け付けた段階でこれを判断することは困難です。そして,そのような実体的審理が必要であったにもかかわらず公開口頭審査抜きで審査請求を却下すると,手続き上の瑕疵として地裁で裁決が取り消されることにもなりかねません。したがって,建築審査会として「不適法であって補正することができないことが明らかなとき」にあたるか否か迷ったときは,公開口頭審査を実施する方を選択すべきであると思います。

補佐人

公開口頭審査において、申立人は、建築審査会の許可を得て、補佐人とともに出頭することができます(建築基準法94条4項行政不服審査法31条3項)。建築基準法や行政不服審査法には,この補佐人の定義規定がありませんが,一般には,当事者の発言機関としての立場から事実上又は法律上の陳述を行う者,などとされているようです(総務庁(当時)行政管理局編 逐条解説行政手続法(初版)の同法20条3項の解説等。*同書は,行政手続法の補佐人は行政不服審査法のそれと同趣旨であるとします。)。建築審査会に対する審査請求においては,建築士等が補佐人となって審査請求人を技術的にサポートする場合が典型的ですが,上記によれば,サポートの対象は事実上又は法律上の問題全般に及びます。また,陳述の分担は,例えば本人が7割陳述して補佐人が残り3割を補足しても良いし,補佐人が10割陳述して本人は黙っていても良いことになります。つまり,補佐人とは,公開口頭審査限定で無資格で許される弁護士のようなもの,と考えて頂いても良いかもしれません(補佐人は,口頭審査前に代理人として審査請求書を提出したり,同終了後に補足の主張書面を代理人として提出することは許されず,また審査請求人本人が公開口頭審査に欠席した場合は何もできないなど(審査法31条3項),弁護士とは相当に異なりますが)。

*民法では,認知症の方等の法律行為等をサポートする佐人という役職がありますが(民法11条~13条),行政手続きにおける佐人とはまったく別のものです。

裁決までの日数

建築基準法94条は,建築審査会は、審査請求がされた日から一月以内に裁決をしなければならない,と定めますが,これは訓示規定(違反したとしても行為の効力には影響がない規定)であるとされています。審査請求人と処分庁との間で主張をやりとりさせ,不足資料の提出を求め,提出された建築確認書類を検討し,事案によっては委員全員で現地を確認し,口頭審査を開催し,委員間で議論して意見を統一し,裁決文を起案し,それを全員で検討して裁決に至るには,どうしても1か月では足りないからです。また,建築士,弁護士などの本業を持つ各委員全員の日程をすり合わせて審査会を開催するため,短い間隔で頻繁に審査会を開くことは事実上無理であるという事情もあります。ちなみに平成26年度の東京特別区における建築確認処分を取消すよう求めた審査請求事件(計10件)を調査したところ,申立から裁決まで,平均で6~7か月を要していました。

裁判所も,建築基準法94条2項は,審査請求手続の簡易迅速の観点から,建築審査会は審査請求を受理した日から1箇月以内に裁決をしなければならない旨規定しているが,この規定は訓示規定であると解するのが相当であるから,審査請求を受理した日から1箇月以内に裁決がされなかったことをもって,直ちに当該裁決が違法であるということはできない,としています(東京地裁平成18年9月8日判決 平成17年(行ウ)第386号、同第435号)。

裁決の種類と効果

建築審査会に対する審査請求の裁決の主文は,処分についての審査請求が法定の期間経過後にされたものである場合その他不適法である場合には、却下(いわゆる門前払い)となり,処分についての審査請求が理由がない場合には,棄却となります(行政不服審査法45条)。

処分についての審査請求が理由がある場合には、建築審査会は、裁決で、当該処分の全部若しくは一部を取り消します(46条)。なお,行政不服審査には職権探知主義が適用されるので「審査請求が理由がある場合(orない場合)」とは,「文字通り審査請求人が主張する理由に理由がある場合(orない場合)」+「審査請求人は主張していないが審査会が職権探知した違法事由に理由がある場合(orない場合)」であると考えられます(行政不服審査法の逐条解説(宇賀克也)第2版P213参照)。

裁決は、関係行政庁を拘束します(52条)。

まれに,行政処分の不存在確認を求める審査請求がなされることもありますが,行政不服審査会には不存在確認の裁決をする権限はありません。

建築審査の裁決の教示文

裁決や行政処分の末尾には,教示文,すなわちその裁決や処分に不服がある時はどのような手続きを取れば良いのかについて教える文が付されます。通常の民事訴訟等であれば,弁護士等に対し判決文の末尾で「判決に不服がある時は上訴できます」などと教えたりはしませんが,裁決や行政処分では,弁護士を付さずに対応する場合が多いことを想定し,このような教示をすることになったものと思われます。建築審査会に対する審査請求の教示文は,自治体毎にさまざまなバリエーションがありますが,基本的と思われるパターンを根拠条文と共に示せば,以下のようになると思われます。

行政不服審査法50条3項に基づく教示)
この裁決に不服があるときは、国土交通大臣に対して再審査請求をすることができます(建築基準法95条)。再審査請求は、原裁決があったことを知った日の翌日から起算して一月を経過したときは、することができません。ただし、正当な理由があるときは、この限りではありません(行政不服審査法62条1項)。再審査請求は、原裁決があった日の翌日から起算して一年を経過したときは、することができません。ただし、正当な理由があるときは、この限りではありません(同条2項)。

  

行政事件訴訟法46条に基づく教示)
この裁決については,地方裁判所に対して、@@区(市)を被告とする裁決の取消しの訴えを提起することができます(行政事件訴訟法3条3項11条1項2号12条1項)。裁決の取消しの訴えは、裁決があつたことを知つた日から六箇月を経過したときは、提起することができません。ただし、正当な理由があるときは、この限りではありません(同法14条1項)。裁決の取消しの訴えは、裁決の日から一年を経過したときは、提起することができません。ただし、正当な理由があるときは、この限りではありません(同条2項)。

これらの教示文を書き忘れ、そのため審査請求人が再審査請求期間や裁決取消訴訟の出訴期間を知ることができず、その結果、それらの期間を徒過してしまった場合は、期間を守らなかったことについて正当な理由(上記各条文)があるものとされ、期間経過後の再審査請求や出訴が認められる場合があります。しかし、弁護士が代理人として付いていた場合には、教えられなくても再審査請求期間や出訴期間を知っているべきであるので、期間を守らなかったことについて正当な理由がない、とされる方向に傾きます。

執行停止

執行停止申立の必要性

建築確認処分の効力は,建築審査会に審査請求を申し立てても,停止しません(行政不服審査法25条1項)。そのため(建築主が自主的に工事を止めるということでもない限り)工事は止まりません。するとそのうち工事は完了し,建築審査請求は審査請求の利益を失って却下となります。そのような事態を避けるには,執行停止(25条3項)の申し立てを検討することになります。

執行停止の要件

建築審査会は,申し立てがあったときは,必要があると認める場合には,処分庁の意見を聴取した上,執行停止をすることができます(3項)。さらに「重大な損害を避けるために緊急の必要があると認めるときは,執行停止をしなければならない。ただし、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるときは、この限りでない」とされています(4項)。以上を図に示すと,以下のようになります。

説明のベン図です

薄緑色の部分が,義務的に執行停止をしなければならない場合で,赤枠内が,裁量的に執行停止をすることができる場合です。

薄緑色部分の要件である重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案しますので(5項),違法箇所があっても是正工事による直しが可能な場合や損害が生じても金銭賠償で回復が可能な場合などには,義務的な執行停止を否定する方向に傾くと思われます。

アの部分(公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあり,本案に理由がないと見られ,しかも執行停止の必要があると認められない場合)に執行停止ができないことは当然として,ウの部分(公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあり,本案に理由がないと見られるにもかかわらず,建築審査会が執行停止の必要があると認める場合(どんな場合?))については,形式上は執行停止が可能ですが,建築審査会の裁量権の逸脱が問題になりうる領域だと思います。イの部分(本案について理由がないとみえるが,執行停止の必要があると認める場合)にも,形式上は執行停止が可能ですが「本案について理由がないとみえるにもかかわらず執行停止の必要がある場合」は,通常は想定し難いと思います。仮に建築審査会として「申し立てに理由がないと考えられるけれども,工事完了が迫っている,そうなると審査請求の利益が失われて却下判決をせざるを得ない,しかし申し立てに理由がないことを裁決書で説明したい」と考えるのであれば,主文は却下にしつつ「なお,念のため」等の書き出しで実体的判断を示せば足りますし,また,請求に理由のないことが明らかであれば,審査請求の適法性の判断を飛ばして本案につき判断することも可能であると考えられる(大審院昭和10年12月17日第2民事部判決・大民集14巻2053頁参照)からです。

また,建築審査会として違法な確認処分であるとの心証を得た場合の他,委員の間で計画の適法性につき意見が分かれ,確認処分取り消しの結論になるかもしれない(ならないかもしれない)しかし工事完了が迫っている,という場合も,執行停止が可能であると思います。

執行停止の主文

執行停止決定の基本的な主文は,以下のようになると思います。

—————————————-
処分庁が申立外(*1)山田太郎に対し令和@@年@@月@@日付けでしたABC-1234-56789号建築確認処分(*2)の効力は,本案事件の裁決が審査請求人及び申立外山田太郎に送達されるまで(*3)(但し,それ以前に本案事件が完結した場合はその時点まで(*4))停止する。
—————————————-

*1 建築主は執行停止申立手続き(申立人vs.処分庁)の当事者ではないので,肩書きが「申立外」になります。
*2 各自治体又は指定確認検査機関により付された番号です。
*3 執行停止は処分取消裁決を視野に入れているわけですが,その場合,停止→取消へとシームレスに引き継ぐのが良いと思います。裁決の効力は上記両名に送達された時に生じるので,法的状態の谷間を作らないためには,上記のような記載になります。

行政不服審査法第五十一条 裁決は、審査請求人(当該審査請求が処分の相手方以外の者のしたものである場合における第四十六条第一項及び第四十七条の規定による裁決にあっては、審査請求人及び処分の相手方)に送達された時に、その効力を生ずる。

これに対し「裁決まで停止する」とした実例もあり,これは裁判の例をそのまま転用したものだとは思いますが,裁判であれば判決は言渡しによりその効力を生ずる(民事訴訟法250条+行政事件訴訟法7条)ので「判決まで停止する」で良いものの,これをそのまま行政不服審査に転用すると,裁決から送達までの間は確認処分の効力が復活してしまいます。

*4 この記載がないと,審査請求が取り下げられたら工事を進められない状態が続いてしまうので,執行停止の取消(26条)が必要になると思われます。

執行停止をしないと判断した場合の主文は「却下」です(コメンタール行政法1 行政手続法・行政不服審査法 日本評論社 第1版第1刷 P392)。これについて,執行停止申立てを門前払いしたわけではなくその必要性について実体的判断をしたのになぜ却下なのだ,との声も希に聞こえますが,民事訴訟に付随する民事保全処分を認めない場合に却下とする(民事保全法19条)のと同様,本案に付随する執行停止申立てを拒否する場合も却下の主文となります。

国土交通大臣に対する再審査請求

建築審査会の裁決に不服がある者は、国土交通大臣に対し再審査請求をすることができます(建築基準法95条)。もちろん大臣自ら案件を検討するはずもなく,国土交通省の担当部署から審理員が指名されて対応するわけですが,再審査請求に関しては審査請求と異なり裁決までの期間についての訓示規定がないこともあってか(94条2項参照),裁決まで相当な期間を要する場合もあります。そのため,裁決までに工事が完了し審査請求の利益が消滅したとして却下となる可能性もあり,審査請求人としては,執行停止の申立を検討することになると思います。但し,原裁決に格別の疑義を認め難い場合には,執行停止の必要(行政不服審査法66条25条3項,なお用語の読み替えに付き66条1項後段)があるとは認められない(再審査請求を却下で排斥しても棄却で排斥しても再審査請求人の法的地位は同じなので,執行を停止して却下を避ける必要があるとは言えない)だろうと思います。なおその場合は「重大な損害を避けるために緊急の必要があると認めるとき」(行政不服審査法66条25条4項)という義務的な執行停止の要件にも該当しないことは言うまでもありません。

行政不服審査の裁決に対する裁判所への不服申立

二種類の訴訟

建築審査会の裁決に不服がある場合,国土交通大臣に再審査請求をすることができることは前記のとおりで,それは行政(地方自治体)による審査結果をもう一度行政(国土交通大臣)が審査する制度です。しかしそれとは別に,司法に救済を求めることもできます。すなわち,建築審査会の裁決に不服がある場合,地方裁判所に裁決の取消しの訴えを提起することができます(行政事件訴訟法3条3項)。また,建築確認処分自体についても,地方裁判所に処分の取消しの訴えを提起することができます(同2項)。

(抗告訴訟)
第三条 2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為・・の取消しを求める訴訟をいう。
3 この法律において「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求・・に対する行政庁の裁決・・の取消しを求める訴訟をいう。

上記各訴訟における取消理由は,裁決又は処分が違法であることです(行政事件訴訟法31条1項10条1項参照)。ここで裁決が違法であるというのは,大きく分けると

(ア)審査会の手続が誤っていた場合(出席委員が定足数未満だったとか(滅多にないとは思いますが)(建築基準法83条参照),審査請求人に当事者適格があるのにないと判断して却下した場合(こちらはたまにありそうです)など)と,

(イ)審査会の実体的判断が誤っていた場合(確認処分が違法であった(例:容積率違反があった)にもかかわらず違法を認めず請求を棄却した場合)

を考えることができます。他方,建築確認処分自体に対する処分取消訴訟では,上記(イ)の「確認処分が違法であった(例:容積率違反があった)」ことが,処分取消の主たる理由になります。

二種類の訴訟の役割分担

ここで弁護士さんであれば,冒頭記載のように裁決取消しの訴えと確認処分取消しの訴えとを両方提起できるのなら,上記(イ)が二重に審理され正反対の判断がなされたりしないか,そもそもそのような訴えは訴訟物(=確認処分の違法性一般)が重なるので二重起訴として禁止されないか,という問題にお気付きになると思います。そして実際に,そのような議論がかつてはあったそうです。しかし,今では,この点は立法的に解決されています。すなわち,(イ)につき誤った判断をして審査請求を棄却した裁決の取消の訴えと,(イ)につき誤った判断をした建築確認処分に対する処分の取消しの訴えとを提起することができる場合には、前者においては(イ)の違法を理由として取消しを求めることができない(取消理由として(ア)だけを主張することができる)ものとされています。

第10条 2 処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した(=上記(イ)につき判断した)裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法(=上記(イ))を理由として取消しを求めることができない。

勘違いに対する救済

しかしこの点はあまり知られていないためか,例えば「この建築計画には容積率違反があるので,その点を問題にしたい」と考えてきたにもかかわらず,請求棄却の裁決を受けた後は裁決取消しの訴えだけを提起して建築確認処分の取消しの訴えは提起せず後者について出訴期間を過ぎてしまい,裁判所の判断を受ける機会を失いかける場合もあるようです。これに関し行政事件訴訟法は,出訴期間の遵守につき下記のような規定を設けています。

第19条 原告は、取消訴訟の口頭弁論の終結に至るまで、関連請求に係る訴えをこれに併合して提起することができる。(以下略)

第20条 前条第一項前段の規定により、処分の取消しの訴えをその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えに併合して提起する場合には、同項後段において準用する第十六条第二項の規定にかかわらず、処分の取消しの訴えの被告の同意を得ることを要せず、また、その提起があつたときは、出訴期間の遵守については、処分の取消しの訴えは、裁決の取消しの訴えを提起した時に提起されたものとみなす。

実務上は,裁決取消しの訴えだけが提起され,しかも原処分の違法のみを主張している場合には,裁判所から前記20条にもとづいて処分取消しの訴えを併合提起するよう促し,その訴えの提起があった後に,裁決取消しの訴えの取り下げを勧告することが多いそうです(司法研修所編「行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究」改訂版 平成20年 法曹会 P199)

なお(原処分の取消しの訴えも提起できる,したがって原処分の違法の主張が許されないタイプの)裁決取消請求訴訟において「原処分の違法を認定しなかった裁決の事実認定及び判断が不当である・・という点において裁決の手続きには違法がある。」という主張が,代理人弁護士から提出されることがあります。しかしこれは,結局「原処分が違法であったという認定・判断をしてもらえなかったことが不満です」と言っているわけで,裁決の実体的判断に関する違法の主張にほかならないのであって,裁決の手続き上の瑕疵の主張ではなく,取消しの理由とはなりません(東京地裁平成27年5月27日判決:平成25年(行ウ)837号,松山地裁平成20年12月24日判決:平成18年(行ウ)4号,青森地裁平成4年12月15日判決:平成4年(行ウ)1号など(いずれも裁判所サイト未掲載))。

以上

(補遺)

いくつかの事項を “建築審査会の手続きマニュアル” の項目に追記しました。

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