がけ条例(底版付きの既設の擁壁、底版のない既設の擁壁)

クーロンの土圧理論

東京都建築安全条例6条2項2号の「がけ又は既設の擁壁に構造耐力上支障がないとき」にあたる場合として、自然のがけ下端から傾斜30度の線を想定し、がけ上の建物の基礎下端がその線より下になるよう設計するという技法がよく用いられることは、別項でご説明したとおりですが、これはクーロンの土圧理論を参照したものと思われます。

大雨等でがけが滑るのは、土中に摩擦力が小さい面が発生して土を支えきれなくなり、その面に沿って土が滑り落ちるからですが、同理論は「滑り面=平面」との仮定をします(あくまで計算のためのモデルで現実とはズレがあります。ネットで「土砂崩れ」「がけ崩れ」で画像検索しても、きれいに平面状に滑った現場写真はなかなか見つからないと思います。)。すなわち同理論は、滑り面を横から見て直線、擁壁に向かって滑り落ちる土塊の断面を三角形(くさび形)と仮定し、これを前提に擁壁に作用する力を算出します。これによれば、くさび形の土塊より下に建物の基礎を入れれば、目一杯がけが崩れた後も建物の基礎は安息角による斜面下に残って持ちこたえ、また建物荷重はくさび形の土塊よりも地下深くへと伝達され、建物荷重がそれより上のくさび型の土塊を押してがけ崩れを誘発することはないことになります。

底版付きの既設の擁壁

これに関し、上記がけに底版付きの既設の擁壁(ブックエンドを擁壁に見立てると、ブックエンドの水平の横板が底版です。ブックエンドはそこに数冊の本が載ることで滑らず、底版付きの擁壁も底版に土の重量が載って安定します)があった場合、安息角の起点をどこに設定すべきかについて、東京都建築安全条例の解説書として通用している「東京都建築安全条例とその解説(東京都建築士会編)」は、下図のように擁壁背面(=擁壁のがけ上側の面。ちなみに崖下側は擁壁前面と言います。)側の底版端部(「かかと」と言います)を起点とする図を示します。

擁壁を要しない勾配の上限の例

 

これは、クーロンの土圧理論では、L型擁壁については、底版のかかとを起点とする上向きの垂直線分を擁壁の仮想背面と考え、その垂直線分+かかとを通る斜めの滑り線+擁壁上部の水平な地面、が作るくさび形の土塊が滑るものとモデル化して土圧を計算することと整合します。

底版のない既設の擁壁

ところが前記解説書には、底版を備えない既設の擁壁(間知積(けんちづみ)擁壁など)がある場合の上記30度線の起点(自然のがけと同様に地表のがけ下端か、地下の同擁壁の基礎下端か)につき言及がありません。これにつき、日本建築学会の「小規模建築物基礎設計指針」第1版201頁には、がけ下端(前面地盤の高さ)を安息角のラインの起点の高さとする図が示されており,自治体の条例解説にも同様の図示をするものがあります。これは、間知積擁壁は鉄筋コンクリート擁壁と異なり、土圧を受けた時に一体として挙動するものではない(擁壁面の途中から崩れたりするものである)ことを前提にした考え方ではないかと思います。(コンクリート製もたれ式擁壁のように一体として挙動するものであれば、クーロンの土圧理論では擁壁を下端がヒンジ(回転端)の板としてモデル化しヒンジを基点とする滑り面が発生して上記板が押されて倒れそうになる時の土圧を主動土圧として計算することとの整合性から、基礎下端を滑り面の起点とすることになるのかもしれません。)

既設の擁壁の基礎構造が不明の場合

現場においてできるだけの調査を実施しても基礎の構造及び基礎下端もしくは底版かかとの位置が不明な場合は、相応な安全率を見込んで滑り線を設定することで「既設の擁壁に構造耐力上支障がないとき」にあたる設計をすることもあり得るのかもしれませんが、最終的には建築確認を担当する建築主事又は指定確認検査機関による個別の判断となります。

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