賃料(家賃・地代)供託の要件

ネット上には「地代や家賃の値上げには供託で対抗だ!」という記事が見受けられます。地代増額請求や家賃増額請求を受けたら地代や家賃を供託して地主さんや大家さんを困惑させ対抗の意思をアピールするのが良い、ということのようです。しかし・・

そもそも借地借家法には、地代や家賃の増額に関し合意に至らない場合につき「借地人・借家人は、裁判が確定するまで、自分が相当と認める地代・家賃を支払い、地主・家主はそれを受け取りつつ訴訟を進める、そして後日に確定判決で示された額に対し,上記支払額に不足があれば、年1割の利息を付けて清算する」とのルールが定められていて(11条2項、32条2項)、通常はこれに従い、地代・家賃増額訴訟の局面でも、借地人・借家人が相当と認めて持参し又は振り込んだ地代・家賃はそのまま受領するのが普通だと思います。

ただ、中には、自分が主張する地代・家賃に1円でも足りなければ突き返してくるような偏屈な地主さんや大家さんもいるかもしれません。そのような場合でも、地代・家賃を支払わなければ債務不履行です。

そこで、そのようなとき(=弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき(民法494条))のための制度として、供託があります。法務局に地代・家賃を供託することで、債務の本旨に従った履行(民法493条)(裁判が確定するまでは「借地人・借家人として相当と認める額の地代・家賃を支払うこと」(11条2項、32条2項)が、それにあたります)をしたことになり、債務不履行責任を免れます。そして「1円でも足りなければ突き返す」型の偏屈な地主さんや大家さんにとっては、供託をされると、法務局に対し供託金払渡手続きを取らなければ毎月の地代・家賃が入らず、面倒です。

(注)但し、賃借人が「これが相当な額だ」と主張して供託すれば、それがどれほど非常識な額でも債務の本旨に従った履行になるわけではありません(最高裁判所第二小法廷 平成8年7月12日判決)。自分の主張する賃料は公租公課の額を下回る(地主さん・大家さんは毎月赤字・・そんな賃料は非常識!)と知りつつ公租公課に満たない額を供託しても、債務の本旨に従った履行にはなりません。また「これが相当な額だ」と口先では言いつつ、内心「さすがにこれは安すぎるよね」と思っていた場合(*)にも、債務の本旨に従った履行とされないことがあります。それは「自分が相当と認める額の賃料」の供託ではないからです。
 *内心の問題であっても、交渉経緯その他の客観的資料から認定される場合があります。

ちなみに、弁済の提供をしても徒労に帰することが疑いない場合は、弁済の提供をせず直ちに供託してよいとするのが、古くからの判例です(昭和11年3月27日大審院第5民事部判決 昭和10年(オ)1875号ほか)。「持参した地代が増額地代に1円でも足りなければ突き返してやる!」と宣言された場合でも、念のため一度は持参しなければ供託できないか・・というと、そこまでしなくても良いようです。

ところがネット上には、冒頭のような言説が流れています。供託は、弁済の提供をした場合において債権者がその受領を拒んだとき(民法494条)に許される、債務不履行を回避するための制度であるにもかかわらず、地主さん・大家さんを困惑させ増額反対のアピールをする制度であるかのように誤解をなさっているようです。このような言説を信じて、一度は持参又は送金を試みていないにもかかわらず供託したり、地主が「1円でも足りなければ突き返す」宣言をするなど「弁済の提供をしても徒労に帰することが疑いない場合」でないにもかかわらず供託したり、さらには積極的に「貴方が相当と認める額の地代・家賃を持参したら受け取ります」と伝えられたにもかかわらず供託したりすると、その供託は「弁済の提供をした場合において債権者がその受領を拒んだとき(民法494条)」でないにもかかわらずなされた供託として無効であり、結果的に長期間の地代・家賃の不払いとなり、債務不履行で賃貸借契約を解除されるリスクを負うことになります。

(ご参考1:広島法務局のウェブサイトより)
「受領拒否」を供託原因として供託する場合には,借主は,供託をする前にまず貸主に対して弁済の提供をする必要があります。弁済の提供をすることなく供託することが可能な場合もありますが,家賃の値上げを要求されたというだけでは,「受領拒否」が明確であるとはいえず,弁済の提供が必要です。

(ご参考2:裁判例)
供託要件を満たしていないにもかかわらず一方的に供託を開始し家賃の振込や持参を止めた結果、そのような行為は家賃不払いであるとされ契約解除が認められた例として、東京地裁令和2年10月13日判決、東京地裁平成25年12月10日判決等。