がけ条例
がけ近辺での建築は、建築基準関係規定による特別の規制を受けます。その目的は、大別して、(1)がけ下の建築物内の居住者・利用者ががけ崩れで死傷しないようにする、(2)がけ上の建築物ががけ崩れで転落しないようにする、(3)がけ上の建築物の重量でがけ崩れ等が誘発されないようにする、の3つであると考えられます。
この点に関する建築基準法の規定は
第19条4項
建築物ががけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない。
と概括的で、規制の詳細を各自治体の条例に委ねています。東京23区内のようにがけ近辺でも建築物を計画せざるを得ない都市の密集地域と、わざわざがけ近くに建物を建てたりしない地域とでは、必要な規制内容が異なるためです。従って、がけの問題の検討にあたっては、地域の条例(東京であれば「東京都建築安全条例」で、地域により「@@県建築基準法施行条例」等の名称になることもあります。これらはしばしば「がけ条例」と通称されます。)の条文とその解釈を確認しなければなりません。
*例えば都外の建設業者が都内においてがけ際の一戸建ての建築を請け負う場合、都条例の解釈に誤解があると問題が生じることもあり得ます。
以下の記述は、東京都建築安全条例を前提とするものです。
東京都建築安全条例は
第六条 この条にいうがけ高とは、がけ下端を過ぎる二分の一こう配の斜線をこえる部分について、がけ下端よりその最高部までの高さをいう。
2 高さ二メートルを超えるがけの下端からの水平距離ががけ高の二倍以内のところに建築物を建築し、又は建築敷地を造成する場合は、高さ二メートルを超える擁壁を設けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、この限りでない。
一 斜面のこう配が三十度以下のもの(以下略)
と規定します。
規制対象となるのは、2分の1勾配(2m行くと1m上がる傾き)の斜面(のうち、がけ下から最高部まで2m超のもの)における建築です。1/2=約tan26.6度ですから傾斜約26.6度の斜面ですが、上記但書一号によりそこから30度までは規制対象外となり、結局30度超の斜面での建築が規制対象となります。
この30度は、がけ問題を扱う時には付いて回る数値で「安息角」と呼ばれます。安息角は「目一杯がけが滑った後に残る斜面の角度」です(実際には地質により異なるのですが、上記では定型的に30度とされています)。逆に言うと、その斜面より上に普通のベタ基礎や布基礎を設けて建物を建築すると、大規模ながけ崩れでは建物が基礎ごとがけ下に持って行かれてしまいます。
そこでそのような場所に建築物を建築する場合には、高さ二メートルを超える擁壁を設けなければならないのが原則とされています。しかし、がけ自体が敷地境界線を越えて隣地内にある場合は勝手に擁壁工事をすることはできません。がけが自己の敷地内にある場合でも、擁壁を設置するには、隣地を掘削したり隣地内に擁壁の底版部分その他の工作物を新設したりする必要があることもあります。
そこで同条但書は、擁壁の設置なしにがけ近辺に建築物を建築することができる場合を定めます。まずがけ下の建築については
同条2項三号
がけ下に建築物を建築する場合において、その主要構造部が鉄筋コンクリート造若しくは鉄骨鉄筋コンクリート造であるか、又は建築物の位置が、がけより相当の距離にあり、がけの崩壊に対して安全であるとき。
これにより冒頭記載の目的(1)がけ下の建築物内の居住者・利用者ががけ崩れで死傷しないようにする、はクリアーされます。
次にがけ上の建築については
同条2項二号 がけ上に建築物を建築する場合において、がけ又は既設の擁壁に構造耐力上支障がないとき。
これは冒頭記載の(2)がけ上の建築物ががけ崩れで転落しないようにする、(3)がけ上の建築物の重量でがけ崩れ等が誘発されないようにする、に関する規定です。「がけ又は既設の擁壁に構造耐力上支障がないとき」というのは包括的でわかりにくいのですが、まず、現状のがけ又は擁壁の安全性が保たれていることが必要です。「はらみ」などがあって既に土圧に耐えかねていると見られる場合、水抜き穴がなく大雨の時に水の重量が加算されて土圧が高まることが想定される場合などは、対象外となります。その上で、例えば既存の擁壁が設置されていない自然の崖であれば、がけ下端からの傾斜30度線を想定し、がけ上の建物の基礎下端が傾斜30度線より下になるよう設計する(深基礎の下端又は杭基礎の先端が30度線より下になるよう設計する)という技法が多く用いられます。これにより、目一杯がけが崩れたとしても基礎は地盤下に残って持ちこたえ建物ががけ下に転落することはなく(上記(2))、また建物荷重は深基礎の下端又は杭基礎の先端から地下深部に伝達されるのでそれより上の地盤(滑り面より上の滑る地盤)を押してがけ崩れを誘発することはない(上記(3))という理路によるものと考えられます。
なお、自然のがけではなく既設の擁壁がある場合には、30度線の起点が違ってきます。
このように、がけ際の土地における建築では、特に基礎工等に関し通常とは異なる出費が想定されますので、割安の土地でもあわてて購入せず、建築士にも相談するなどして、建築費用も含めたトータルコストを確認つつ計画を進めることが必要です。また、近隣にがけ条例を守らない建築物が建築されようとしている場合には、自治体の建築審査会に対し建築確認処分の取消しを求めることができます。
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