設計図の著作権

著作物とは

著作権法2条1項1号は、著作物の意義につき

思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう

と規定します。

そして設計図書は、著作権法10条1項に例示される著作物中の「学術的な性質を有する図面」に該当します。

従って、設計図書も、思想等が創作的に表現されている場合には著作物に該当するものとして著作権法による保護の対象となりますが、アイデアなど表現それ自体ではないもの、又は表現上の創作性がないものについては、著作物に該当せず保護の対象とはなりません。そのため・・

ありがちな誤解

例えば
Q:当設計事務所では、専門的知識に基づき、施主さんからの要望、立地その他の環境的条件と法的規制等の条件を総合的に勘案し、施主さんに対し「それなら建物を9階建にしてはどうか」と提案し、基本設計の一部図面として新築建物を9階建とする図面を作成し提出しました。するとその施主さんは、別の設計事務所に依頼して、別の9階建建物の設計図書を完成させました。施主さんの行為は、当事務所の著作権を侵害するものではありませんか?
A:「9階建にする」というのはアイデアにすぎないので、著作権法による保護の対象とはなりません。
Q:当設計事務所では、施主さんの希望通りの位置にエレベーター・階段を設置した基本設計の一部図面を作成しましたが、上記の別の設計事務所が作成した実施設計には、同じ位置にエレベーター・階段があります。これは、当事務所の著作権を侵害するものではありませんか?
A:設計与件を図面に落とし込んだだけでは創作性がないので、それだけでは著作物とは認められません。
Q:当設計事務所では、屋外階段の骨格を外部に露出させるデザインを採用した基本設計の一部図面を作成しましたが、上記の第三者が作成した実施設計でも、同じデザインが採用されています。これは著作権侵害ではありませんか?
A:屋外階段の骨格を外部に露出させるデザインは、それだけではありふれた(*)ものなので、その点に創作性があるものとは認め難いと思われます。

ということになります(上記3点につき、知財高裁平成27年5月25日判決参照)。

*「ありふれた」と言われると怒り出す人がたまにいますが、「(描くのに手間はかかったかもしれないが)オリジナリティーは認めにくい」といった意味で用いられる言葉です。

「設計図の著作権侵害」を主張する人は、たいてい「アイデアの流用」しか主張していない

一般に設計図書は、いずれの施工者でも設計者の意図どおり施工できるよう、記号と点と線と簡単な注釈文字からなる共通ルールにより建築すべき建築物を表現したもので、表現方法の選択の幅はほとんどないので、設計図書の部分部分をとらえて局地戦のように創作性を主張しようとすると、結局そこで主張されている保護の対象は、製図表現の向こうにあるアイデアそれ自体(=著作権法による保護の対象とはならない)ということになりがちです。設計図の著作権を主張しようとする場合は、このトラップにはまらないように注意した方が良いと思います。

例えば「このエントランス部分の製図では、車椅子のためスロープを緩く設計したが、この部分に私の創意工夫があり、ここに私の著作権が成立する」等と主張する方もいらっしゃいますが、それが法的に正しければ、他の設計者が他の建物につきスロープを同じように緩く設計した図面を作成することは著作権侵害として許されなくなってしまいます。「車椅子のためスロープを緩くする」というのはアイデアであり、それに基づく表現(車椅子のためスロープを緩くした様々な平面図・断面図等)は、何百億通りでも想定することができます。もし著作物として複製・出版等の権利を独占できるとするならその対象は後者の表現のうち自分が作成した図面(のうち図面表現として創作性があるもの)のみであって,前者(アイデア)を著作権により独占して他の設計者による何百億通りもの表現活動を抑圧することはできません。

図面全体の創作性

しかし、部分部分をとらえた局地戦としてではなく、部分部分の創意工夫を織り込んだ図面全体の創作性は、別途考えることができます。

特に住宅やマンション等の設計においては、CADで「部品」と呼ばれる要素をドラッグ・アンド・ドロップして作成できる部分が多いことからも明らかなように、設計者による独自の工夫の入る余地は限定的です。しかし具体的な設計においては、その限定的な範囲で設計者による個性(*1)が発揮される余地は残されているので、建築士としての専門的知識及び技術に基づいてこれらが具体的に表現された図面全体については、作成者の個性が発揮されていると解する余地があり、創作性が認められる可能性があります(上記知財高裁判決)(*2)

*1 個性の発揮が困難な図面(例:求積図、日影図等。同一建物について、作図者の個性で算出面積が変わったり日影の方向と長さが変わったりすることはなく、上記各図は、これらの定型的内容を定型的に表現したものです。)については、創作性が認められることは、ほとんどないだろうと思います。 

*2 個々の構成要素に著作権は成立しないが全体に著作権が成立するというのは、辞書の編集著作権を連想させます。辞書の個々の語釈は似たようなものになりがちで(例えば、「以下」という語の語釈はこちら)著作権は成立しませんが、新語・流行語をどこまで取り入れるかを始めとする語の採録は創作的な作業であり辞書全体には編集著作権が成立します。

但し、そのように選択の幅が限定されている状況下において作成者の個性が発揮されているだけであるときは、その創作性は、その具体的に表現された図面について極めて限定的な範囲で認められるにすぎず、その著作物性を肯定するとしても、その丸写しのような場合に限って、これを保護し得るものであると考えられます(上記知財高裁判決)(*3)。この場合、著作物性の対象は図面全体なので、もしそれを広範に保護すれば、その後の設計では、例えばCADで同一の「部品」をドラッグ・アンド・ドロップして似たような住宅図面を作成することが許されなくなる可能性さえありますが、そのような事態は避けなければならないからです。

*3 上記知財高裁判決は、このような見地から、控訴人の図面と被控訴人の図面とを比較検討し、「控訴人図面と被控訴人図面とが、その基本となる設計与条件において共通する点があるとしても、具体的に表現された図面としては異なるものであるといわざるを得ず、被控訴人図面が控訴人図面の複製権又は翻案権を侵害しているとは認められない」として、結果的に、著作権侵害を否定しました。もし被控訴人が、施工現場で配布する目的で控訴人図面の複写を作成したりしたのであれば、その複写行為が、複製権の侵害行為となったはずです(著作権法2条の15号本文、21条)。

完成した建物と「建築の著作物」

ただ上記の場合、元の設計者としては「いや、図面の複写云々より、それに基づいて建物を完成させた行為こそ問題なのだが・・」とおっしゃるかもしれません。確かに「建築の著作物」については、図面に従って建築物を完成すれば、それも複製権の侵害行為になります(2条15号ロ)。しかし、屋外彫刻等の他の著作物とのバランスから

著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は、同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして、知的・文化的精神活動の所産であって、美的な表現における創作性、すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し、通常のありふれた建築物は、同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。

とした裁判例があります(大阪高裁平成16年9月29日判決(積水ハウス事件:グッドデザイン賞を受賞したからといって、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性が具備されていると認めることはできない)。

ただ、その後の平成27年4月14日知財高裁判決は(ノルウェーの有名な幼児用椅子のデザインをめぐる事件で)応用美術の著作物性の判断にあたり「美的」という基準を設定することは相当でなく、個性が発揮された創作的な表現であるかどうかだけを検討すればよい、なぜなら実用品に関しては実用的機能に係る部分とそれ以外の部分とを分けて実用的な機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るかを判断することは困難であるし、そもそも何が「美」であるかは主観的なもので判断基準になじみにくいからである、等と判示しました。この理は応用美術の一種である建築物の著作物性の判断においても妥当する可能性があると思われますが、仮にそうであるとすれば上記大阪高裁の「造形芸術としての美術性を有するものであることを要し」は少し言い過ぎということになるものの、いずれにしても「通常のありふれた建築物は同法で保護される『建築の著作物』には当たらない」との結論は同じです。

従って、例えば東京ディズニーランドのシンデレラ城の設計図を何らかの方法で入手してコピー城を建設するような場合は別として、『建築の著作物』に当たらない通常の住宅等を真似ることによって別の住宅等を建築した場合、その住宅等の建築行為を少なくとも著作権法違反に問うことは(*)難しいと思われます。

*事案により不正競争防止法違反や一般の不法行為の問題となる余地はあります。

以上のとおり、設計図の著作権の問題は論理が難しい面があるため、一般の相談では「あなたの設計図が仮に著作物であればその無断複写は著作権法違反になりますが、仮に著作物でなければ著作権法違反になりません」といった自明の回答しか得られない場合もあるかもしれません。業務等において設計図と著作権の問題に行き当たった場合は、建築と著作権法の双方に通じた弁護士がより力になれることが多いと思います。