外国在住者への訴状等の送達(領事送達、指定当局送達、中央当局送達)
民事訴訟は、被告に対し、裁判所から期日呼出状及び訴状等を送達することから始まります。被告が外国在住の場合であっても、この手続きを省略することはできません。しかし、裁判所による送達行為は、国家機関による国家権力の行使であるため、外国の領土内で勝手にこれをおこなえば主権の侵害になってしまいます。そのため、外国における送達は、相手国が条約等によりこれを承認している場合に限って、定められた方法により、行うことができます。
これに関しては、主に2つの条約があります。1つは民訴条約(民事訴訟手続きに関する条約)で、もう1つは送達条約(民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約)です。日本は両条約を批准しているので、日本から期日呼出状等を外国在住者宛に送達する場合は、相手国がどちらを批准しているかにより、2つの条約を使い分けます(相手国も両条約を批准している場合は送達条約が優先となります(送達条約22条))。
民訴条約では、嘱託国の領事官が、受託国の指定する当局(l’autorité qui sera désignée)に対し送達を要請し(1条)受託国の法律上権限を有する当局が送達を行う(2条)ことが原則とされています。これに対し送達条約では、嘱託国の裁判所等が(領事官を介さずに)受託国の中央当局(Central Authority)に対し送達を要請し(3条)、同当局は、受託国内の送達方法によって送達を行う(5条)ことが原則とされています。
ここで l’autorité qui sera désignée とか Central Authority という呼称は条約上のものであり、受託国内における官庁の具体的な名称でないことは言うまでもありません。例えば日本が受託国となる場合、民訴条約を批准した国から送達を要請される場合は外務大臣が「指定当局」であり、送達条約を批准した国から送達を要請される場合は外務大臣が「中央当局」です。日本から送達条約を批准している米国に対し送達を要請する場合は、司法省(の国際司法支援室)が「中央当局」です。
指定当局送達や中央当局送達では、送達する訴状等について、受託国の言語による翻訳文を付す必要があり(民訴条約3条、送達条約5条3項)これが後述の日本領事による送達と異なって一手間かかるところです。翻訳文を付すこととしたのは、受託国は、その文書について受託国の法律が定める送達方法(民訴条約3条、送達条約5条1項(a))により送達しますが、送達方法を文書内容で区別する国もあると思われ、また、受託国は自国の主権や安全を害するものと判断される場合には送達を拒否することができることもあって(民訴条約4条、送達条約13条)、受託国が送達文書の内容を把握する必要があるためであると思われます。
両条約には、指定当局送達や中央当局送達以外に、一定の場合には、領事官による外国における送達(例:在ホノルル日本総領事によるハワイ在住日本人への送達)ができる旨が定められています(民訴条約6条1項3号、送達条約8条)(もちろん領事館員が走り回って配達するわけではなく、領事館から期日呼出状及び訴状等を郵便で送付して同封の受領書を領事館に返送するよう求め、返送があれば任意の受領(領事官が行う強制によらない送達(送達条約8条、民訴条約6条))がなされたものとするのが通例であるようです(下記文献3 第1版104頁))。日本語を解する者への日本領事による送達には、翻訳文を要求する上記規定が適用されず翻訳文が不要となることや、受託国の当局を経由しないので手続きが早いこと(下記文献1によれば、米国での領事送達に要する期間は平均3か月であるのに対し、中央当局送達は平均12か月となっており、後者では1年以上先の日を第1回口頭弁論期日に指定して期日呼出状等を発送することになります)等から、民事訴訟の送達では、まず領事送達が試みられます。なお、翻訳文が不要とはいっても、領事送達が不奏功の場合は中央当局送達又は指定当局送達のステージへと進み翻訳文を求められるので、訴状の日本語は当初から翻訳を想定したシンプルなものとしておく必要があると思います。
送達書類は、バックグラウンドでは、担当裁判長 → 地裁所長 → 最高裁 へと送られ、最高裁から(指定当局送達や領事送達の場合は)外務省に託され、あるいは中央当局送達の場合は最高裁から中央当局に直接送付されることになりますが、制度を利用する原告訴訟代理人や裁判長の側からすれば、外国と直接やりとりする機会はありません。
なお、上記の他、二国間の取り決めや個別の応諾にもとづいて、両国の外交当局を経由して、相手国の裁判所に送達してもらう手続き(管轄裁判所送達)もあり、両条約を批准していない国について利用されます。
また、台湾など国交がない国や地域については、以上の方法によることができず、(指定当局送達もしくは中央当局送達、領事送達、又は管轄裁判所送達による)送達をすることができないと認めるべき場合(民事訴訟法110条)として公示送達をすることになります。ただ、国際私法の一般論として、公示送達により取得した判決を被告が在住する国や地域に持ち込んでも、判決の効果が承認されない可能性があると思います。
(参考)
1 民事事件に関する国際司法共助手続マニュアル 最高裁判所事務総局民事局監修 法曹会
2 国際民事訴訟法・国際司法論集 高桑昭 2011年初版 P78~ 東信堂
3 国際民事訴訟法入門 吉田啓昌 日本評論社
(領事送達の上申書の一例)
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@年(ワ)第@@@号 @@@@請求事件
原告:@@@@
被告:@@@@
@@地方裁判所 民事部 御中
@年@月@日
原告訴訟代理人 弁護士 @@ @@
領事送達の上申書
被告は、@年@月@日、アメリカ合衆国に住所を定め、その後は国内に再び住所を定めた記録がありません(戸籍の附票)。
被告が外務省領事局に届け出た住所は、訴状の当事者目録記載のとおりです(弁護士照会への回答書)。
上記住所は、在@@@@総領事館の管轄地域ですので、同総領事に対し、下記書類の送達を嘱託して下さるよう上申します。
記
期日呼出状
訴状副本
以上