裁判所が独自に各種利回りを設定して地代を算出した裁判例

裁判所が、地代増額訴訟において、独自に各種利回りを設定して地代を算出した裁判例(但し、同じ裁判長によるもの)があります。東京高裁平成12年7月18日判決(以下「平成12年7月判決」),東京高裁平成12年9月21日判決(以下「平成12年9月判決」),及び東京高裁平成13年1月30日判決(以下「平成13年1月判決」)(以下総称して「3判決」)がそれです。

それらはいずれも
  A:建物に対する資本投下に対する報酬(=建物投下資本額×建物の利回り)
  B:建物賃貸営業に対する報酬(=建物投下資本額×賃貸営業の利回り)
  C:土地に対する資本投下に対する報酬(=土地価格×土地の利回り)
を想定した上で,地上建物の賃貸営業による現実の収入をA,B及びCの各金額に按分し,Cへの按分額をもって適正地代としたものでした。

ところが3判決では,たとえばCの利回りは「従前から土地に資本を投下した場合の利回りが極めて低かった経験に照らして,2パーセントでも多い方であると考えられる。仮に2パーセントであるとすると・・」(平成12年7月判決),「利廻は、5パーセントとして計算する」(平成12年9月判決),「従前から土地に資本を投下した場合の利回りが極めて低かった経験に照らして、0.5パーセントとすると」(平成13年1月判決)などと帰一せず,わずか約半年間のうちになされた3判決の利回り相互間に10倍もの開差がありました。しかもその根拠は,上記のとおり裁判官の経験等とされていました(注:仮にそれが職務上の経験であったとしても,判決を基礎付ける事実に関する裁判官個人の経験は裁判所に顕著な事実に該当せず,証拠なしに判決の基礎とすることは許されないこととされています。仮に裁判長が,ある事件にて利回りを特定の値に認定した経験があったとしても,当該利回りを不要証事実として別事件の判決の基礎とすれば,別事件の当事者の手続保障は著しく害されるからです(伊藤眞 民事訴訟法 第3版再訂版 318頁脚注231等参照)。

またBの利回りに関しては「投下資本への配当額は利息額を上回るべきものとなろう・・・過去の経験を踏まえれば、金融機関からの借入金利は、10パーセント内外であることもまれではなかった。そうすると、例えば金利を7パーセントとすると」(平成13年1月判決。平成12年7月判決もほぼ同旨)とされましたが,なぜ査定時の金利を6%でも8%でもなく7%とすべきかに関する根拠は一切明らかではありません。あるいは「本件建物の建築資金はほぼ全額借り入れによりまかなわれており、その借入金利は8パーセント台であった。この点を考慮して、投下資本に対する利廻としては年8パーセントを相当とする」(平成12年9月判決)と判示し,「投下資本への配当額は利息額を上回るべき」との2か月前の平成12年7月判決の前提を事実上撤回するなどしています。

以上は,裁判官が,鑑定に依ることなく独自に各種利回りを設定して賃料を算出すれば,自ずとそのプロセスは恣意的なものとならざるを得ないことを示しています。

*そもそもこのような各種利回りの算出は,不動産鑑定士の職務であり,平成26年版不動産鑑定評価基準30頁には,下記のとおり還元利回り(上記のA又はCの利回りにほぼ相当します)の算定方法が明示されています

②還元利回り及び割引率の算定
 ア 還元利回り及び割引率を求める際の留意点
 還元利回り及び割引率は、共に比較可能な他の資産の収益性や金融市場における運用利回りと密接な関連があるので、その動向に留意しなければならない。
 さらに、還元利回り及び割引率は、地方別、用途的地域別、品等別等によって異なる傾向を持つため、対象不動産に係る地域要因及び個別的要因の分析を踏まえつつ適切に求めることが必要である。
 イ 還元利回りを求める方法
(以下略)

以上の3判決の問題性については,裁判所内部からも「仮に裁判所の鑑定などの正式な証拠調べの手続きを経ることなく、このような専門的な知識を要する算定方法を採用したとすると,証拠法則の見地からの疑問もある」との問題提起がなされており(判例タイムズ1065号83頁)、また不動産鑑定士の研究会からも「この方法では,地代はいかようにも操作できてしまう。同判決は恣意的手法によったものであるというほかはない。」と批判されているところです(賃料評価実務研究会 平成18年10月7日「賃料評価の理論と実務_継続賃料評価の再構築」)。

以上のとおりですので,もし裁判所において3判決を模して利回り等を独自に設定して賃料を算定するようなことがあれば,その判決は採証法則違反等により後日の破棄を免れないと思われます。

*この問題をもしAIが判断したら,先例が3件もあるので、それらの判決に依るべしとの結論になるはずです。しかし3判決を読んで「何かおかしい」と感じる人間は少なくないはずで,その違和感の原因を分析すれば、以上のようになります。