建築基準関係規定違反と過失犯
目次
建築基準法違反の罰則
建築基準関係規定に違反した建築物を建築した場合,その設計者,施工者等に対しては,刑罰が科せられる場合があります(違反項目の重大さに応じ,98条(3年以下の懲役又は300万円以下の罰金),99条(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金),101条(100万円以下の罰金),102条(50万円以下の罰金))。
ここで1つ問題となるのは,上記は過失犯も処罰する趣旨か?ということです。
過失犯は処罰しないという刑法の原則
そもそも刑法は,以下のように規定します。
第8条 この編(注:第一編 総則)の規定は、他の法令の罪についても、適用する。(以下略)
したがって,刑法総則の規定は,建築基準法の罪についても,適用されます。
そして,刑法総則は,以下のように規定します。
第38条 罪を犯す意思(=故意)がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
そこで,建築基準法に特別の規定があるかどうかを確認してみると,同法の上記罰則には「過失による行為も罰する」とは,ハッキリとは書かれていません。そうであれば,罰せられるのは故意による場合(例えば,故意に構造耐力不足の建築物を設計・施工した場合)のみであり,過失で計算を間違えたような場合には罰することができないのでは?という疑問が生じます。
この問題は,建築基準法の罪に限らず,行政刑罰一般に関する主観的要件の問題として論じられています。
最高裁判例
この点に関し最高裁は「その取締る事柄の本質にかんがみ」過失の場合も包含する法意であるとされる場合には,過失犯も処罰の対象とするものであると判示します。例えば,最高裁第一小法廷昭和28年03月05日決定(外国人登録証明書不携帯事件:裁判所サイト未掲載)は
登録証明書を携帯しない者とは、その取締る事柄の本質に鑑み故意に右証明書を携帯しないものばかりでなく、過失によりこれを携帯しないものをも包含する法意と解するのを相当とする
としました。これは,外国人登録証明書不携帯とはどういう行為であるかをじっくりイメージしてみれば,故意に登録証明書を携帯しないなどというのはレアケースであって,ほとんどの不携帯の原因は過失に決まっているのだから,そのような不携帯という行為の本質からすれば過失による場合も取締るのが立法者の意図である,と判断したものと思われます。また最高裁第二小法廷昭和37年05月04日判決(古物商帳簿不記載事件)は
古物商の帳簿記載義務に違反した者とは、その取締る事柄の本質にかんがみ、故意に帳簿に所定の事項を記載しなかったものばかりでなく、過失によりこれを記載しなかったものをも包含する法意であると解した原審の判断は正当である
としました。これも,古物商帳簿不記載とはどういう行為であるかをじっくりイメージしてみれば,故意に取引物を帳簿に記載しないなどというのはレアケースであって,多くの不記載の原因は過失に決まっているのだから,そのような古物商帳簿不記載という行為の本質からすれば過失の場合も取締るのが立法者の意思である,と判断したものと思われます。
*文理解釈としては、外国人登録令(当時)や古物営業法に、ほとんどが過失によるものと決まっている行為を処罰する規定がある場合=上記刑法38条にいう法律に(過失犯を罰する)特別の規定がある場合、と解釈することになると思われます。
以上のような最高裁の判示の傾向に照らせば,例えば構造耐力不足の設計・施工をした場合についても(かつての耐震偽装事件のように故意によるものとされる事案も皆無ではないものの)全体から見れば原因のほとんどは過失が想定されるのであるから,その取締る事柄の本質にかんがみ、故意に建築基準関係規定を遵守しなかったものばかりでなく、過失によりこれを遵守しなかったものをも包含する法意であると解することが可能であると思います。
*最高裁が,取り締まる「事柄の本質」を判断基準とし「取り締まり目的の達成」「行政法規の実効性確保」を判断基準としないのは,処罰範囲の無限定な拡大を避けたものだと思います。取り締り目的の達成(建築基準関係規定違反で言えば,設計者や施工者に緊張感をもって設計・施工をしてもらうこと)を第一に考えれば,故意でも過失でも何でも処罰して緊張感を持たせておけば良い,という方向になりがちだからです。
補足
なおこの点につき,逐条解説建築基準法(株式会社ぎょうせい 平成24年初版)1289頁は,過失犯も罰するという結論は同じであるものの,その理由を「およそ行政刑罰は犯人の主観的悪性に対してではなく,行政法上,一定の義務を負っている者の義務違反の事実に対して,その違反者を処罰することにより,行政法規の実効性を確保しようとするものだからである。」とします。すなわち最高裁のように個々の「取締る事柄の本質」を考究するまでもなく,およそ行政刑罰に刑法38条は適用されるべきではないことを理由とします。たしかに昔はそのような説もありましたが,しかしその提唱された時期から考えると,それは主として戦前に,国民の権利保護より行政官による国民の取締りを優先する風潮の中で展開されたものとも思われ,現代の法律注釈書の見解にはそぐわないように思われます。そのような解釈論について,宇賀克也最高裁判事(元東京大学法学部教授(行政法))は「行政犯については,明文の規定がなくても,刑法総則の規定を排除することが認められるべきという解釈論・・(中略)・・最近は,賛成説はほとんど聞かれなくなっているように思います。」とされ(宇賀克也,大橋洋一,高橋滋「対話で学ぶ行政法」有斐閣 2003年4月初版 P89上段),川出敏裕東京大学法学部教授(刑法)も「現在では,少なくとも,行政犯であることを理由に,処罰範囲を拡大する方向で,明文の規定もなしに刑法総則の適用を排除することを認める見解は存在しないと言ってよいと思います。」(同書同箇所)とされているからです。