借地更新料の支払い義務
借地契約には「契約更新の際には更新料を支払わなければならない」とは書かれていないことも多いようです。では,契約書に書いていなくても,更新料を支払わなければならないのでしょうか?
契約に書いていないにもかかわらず法的な義務が発生する例としては,主に2つの場合を考えることができます。
目次
慣習法
1つは,法律に義務が発生する旨が定められている場合です。民法にも借地借家法にも,契約更新の際には更新料を支払わなければならないとは定められていませんが,我が国では,下記規定により,慣習も法律と同じ効力を有する場合が(希に)あります。
法の適用に関する通則法3条 公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。
同条にいう慣習とは,法律と同一の効力を有するものですから,人々の法的確信に支えられたもの(オキテとして守らなければいけないと皆が確信しているようなもの)である必要があるとされています。
*もともと国の法秩序は,多くを全国各地の慣習が支えてきており,各地の人々は,その慣習(例えば集落の掟)を守らなければならなぬものとして信じて暮らしてきました。しかし近代国家の成立に当たり,民法その他の国家の統一法が制定されると,各地の慣習の内容は(その一部は法令に取り込まれたものの)多くが法令から取りこぼされました。そのような場合でも,国家の法令が規定しない場面に関しては,そこを法秩序の空白地帯とするのではなく,慣習に従って秩序を維持することが妥当であると考えられます。法の適用に関する通則法第3条はそのような見地から理解することができ,それゆえ同条における慣習とは,法的確信に支えられたものでなければならないとされているのだと思います。
ただ,借地の更新料は,その支払いをオキテとして守らなければいけないと皆が確信しているようなものとは言えないと思われますので,慣習法については考える必要がなさそうです。
事実たる慣習
契約に書いていないにもかかわらず義務が発生する場合の2つめは,事実たる慣習です。
民法92条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。
「事実たる」というのは,オキテとして守らなければならないと皆が確信しているようなものではないが,事実上それが社会の習わしになっている,といった意味です。この場合には,法令中の公の秩序に関しない事柄に関しては,契約に書かれていなくても,契約内容は慣習に従って解釈されます。たとえば,借地契約更新にあたり更新料を支払う事実たる慣習があると判断されれば,契約にそのように書いていなくても,その慣習に従う(借地とは本来そのようなものであるとして扱われる)ことになります。
裁判例
これに関し,東京都内で借地契約の更新料支払いの義務が争われたことがありました。ここで大切なのは,事実たる慣習の有無は事実上の問題であり,その存在は当事者が主張立証しなければならない,ということです(最高裁第二小法廷昭和29年04月16日)。ある地方に更新料支払いの事実たる慣習があったとしても,当事者がその証拠を示さなければ敗訴となります。ところで上記案件では,地主側は,ある調査資料を証拠として提出しました。その資料は
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東京23区の4年間において更新料を授受した事例84件,授受がなかった事例21件において,支払った理由(複数回答)のうち「支払うことが慣行だと思つて支払った」としたものは理由総数の約3割であり,支払わなかった理由(複数回答)のうち「支払う法的根拠がないから支払わなかった」としたものは理由総数の約3割,地主が更新料を受け取らなかった理由(複数回答)のうち「請求するだけの法的根拠がないと思ってあきらめた」としたものも理由総数の約2割あった。
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などとしたものでした。これはどう見ても「借地契約の更新に当たっては誰もが更新料を払う慣行がある」というデータとしては読めないのですが,おそらく他に資料もないので,とにかくこれを提出したのだと思います。
これに対し東京高裁は「このような証拠では更新料支払いの慣行があると認めることはできない」として,更新料支払い請求を棄却しました(東京高裁昭和54年6月29日)。そして最高裁も「この証拠関係によれば東京高裁の判断が正しい」(「原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして、是認することができ」)と判示し,上告を棄却しました(最高裁第一小法廷 昭和55年02月07日)。
最高裁は借地更新料支払い義務を否定した?
ところで,上記最高裁判決については「最高裁が更新料支払い義務を否定した判決である」などとする方もいらっしゃいますが,半分正しく半分間違いです。以上の説明からおわかりのとおり、前記判決は,当事者が主張した事実と提出した証拠を前提になされたその事件限りの判決(事例判決)であって,一般的に借地について更新料支払い義務がないという判断を示したもの(法理判決)ではないからです。他府県には(又は、都内の特定の地域には)借地更新料支払の慣習があるかもしれず,そしてそのような事実を示す調査結果が存在していてそれを証拠として提出することができるのであれば,結論は違ってくる可能性もあります。