裁判における「失当」
裁判では「失当」という言葉が使われることがあります。「失当」とは「当たっていない」という意味で、例えば、政治家が、記者会見において記者からの決め付けるような質問に対し「ご指摘の点は、あたりません」と応答することがありますが、あの「あたりません」に相当するのが「失当」です。答弁書や準備書面においても「原告の主張は失当である」「被告の反論は失当である」のように使うことがあります。もともと司法研修所のテキストでこの言葉が使われることから、修習を経た者は皆この言葉を使うようになるのだと思います。
ところが一般の方にとって「失当」には相当ショッキングな語感があるらしく、相手方からの準備書面に「失当」と書かれているのを見て怒り出したり、判決文に「原告の主張は認められない」という意味で「失当である」とあるのを読んで「自分の弁護士さんは何か重大なミスをしたらしい」と思い込む方もいらっしゃるようです。
ある判例データベース(収録約31万件)において、判決文中に「失当」という単語がある判決を検索すると約6万8千件もの判決がヒットしました。判決文(そこには、原告の主張の要約、被告の反論の要約、そして両者を踏まえた裁判所の判断が記されています)の4、5件に1件のどこかには「失当」と書かれていることがわかります。
以上のとおりですので、訴訟において「失当」という言葉を目にされたとしても、そこにあまり深刻な意味を見出される必要はありません。
*単なる「失当」とは別に「主張自体失当」という用語もあります。権利の発生その他の法律効果を主張したい場合には、その原因としてまず主張すべき事実というものがありますが、それを主張しない場合は、立証段階に進むまでもなく、その主張は訴訟において認められない、という意味等で使われます。例えば、地代増額を請求する場合は、地代が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となった事実(借地借家法11条)を主張する必要がありますが、それらをデータに基づいて具体的に主張することなく「とにかく地代を上げろ」と請求しても、その地代増額の請求は主張自体失当となります。