「ものとする」

和解条項における「ものとする」

裁判上の和解では、何かを給付すること(お金を払うこと、売買の目的物を引き渡すこと、賃借物件を明け渡すこと等々)を約束させるときは、その条項において給付意思を表現しなければなりません。例えばお金を払うことを約束させる和解では

被告は原告に対し、2025年12月末日までに、100万円を支払う。

などと書きます。こうすれば「100万円を支払います」という給付意思が表現されます。

貸室の明け渡しを約束させるのであれば

被告は原告に対し、2025年12月末日までに、本件貸室を明け渡す。

として「貸室を明け渡します」という給付意思を表現します。

このような給付意思が示された裁判上の和解条項(給付条項)には、履行しなければ強制執行をすることができるという効力があります。お金を払わなければ預金を差し押さえることもできますし、貸室を明け渡さなければ執行官に臨場してもらって立退きの強制執行をすることもできます。その場合、まず、書記官に申請して、判決文の末尾に「この債務名義(判決)により強制執行をすることができる」という執行文を付けてもらう手続きが必要です。

これに対し、強制執行を想定しない和解条項の文末は「ものとする」にします。

文法的には「ものとする」の「もの」は、当然を意味する形式名詞(「親の言うことは聞くものだ」の「もの」)で、「ものとする」は「こうするのが当然であるとして扱う」という客観的な方針を示してはいるものの、当事者の意思を示してはいない(「親の言うことは聞くものだ。私は聞かないけれど。」という文に矛盾はありません)ので、そこには給付意思が示されていないことになります。

例えば「被告は、今後、アパートの他の居住者と良好な関係を保つ」と約束させる場合、良好な関係というものは抽象的な概念でありその内容を一義的に特定することができず、不履行があったか否かを特定できないので、強制執行(間接強制)を想定することができません。そこでその条項は

被告は、今後、アパートの他の居住者と良好な関係を保つものとする。

とします。

「ものとする」条項に基づいて書記官に対し執行文付与を申し立てても、これは給付条項ではないとして執行文を付与してもらえず、強制執行へと進むことができない可能性が高くなります。

*債務名義(判決書や和解調書)の解釈においては、当該債務名義以外の資料を参照することは許されない(東京高判昭和38年9月23日等)とすれば、和解条項の形式が「ものとする」になっているという事実は、それが当該条項が給付条項であるか否かの解釈における重要な手がかりとなります。

法律における「ものとする」

「ものとする」は、法律でも使われます。

国民年金法18条3項 年金給付は、毎年二月、四月・・・及び十二月の六期に、それぞれの前月までの分を支払う。ただし、前支払期月に支払うべきであつた年金・・は、その支払期月でない月であつても、支払うものとする

年金は偶数月に支給すべき義務がある(「支払う」)が、前の偶数月にもらい損ねた年金があるときは奇数月でも支払う取り扱いとする(「支払うものとする」)とあり、前者は給付義務を定め、後者は給付義務のない月における取扱い方針を示しています。

以上のような「ものとする」の使い方からすれば、一般の契約書でも、義務を示す時は「100万円を支払うものとする」ではなく「100万円を支払う」の方が、法的な言葉遣いと整合し、何より無駄な文字数がないので、良いと思います。

ビジネスの世界における「ものとする」

ただ、ビジネスでは、給付を約束させる契約条項の末尾が「ものとする」とされる例も多く見られます。一般に文字数の多い遠回しな表現は重々しさを感じさせるものであり(「@@である」よりも「@@であるものと言わざるを得ない」の方が重々しく感じます)この重々しさが契約書にふさわしいとの判断によるものかもしれません。

一般の契約書ではどちらでもまず問題は生じない

そのような一般の契約書においては、給付を合意する契約条項の語尾が「ものとする」であったとしても、それだけで法的に問題が生じることはまずありません。上記のとおり一般の契約書では「する」と「ものとする」とはその意味内容において使い分けられていない(多くの人は『ものとする』が『義務ではない』という意味だとは思っていない)という社会的実態を前提にすれば、契約条項の語尾が「ものとする」であったからといって、その条項は義務を定めたものではない、と推認されることはないからです。借用証に「返済するものとする」と書いてあったとしても、特段の事情がない限り「借りた金は返さなくても良い」と合意したものであると推認されることはありません。常識的に見て、当事者はそのようなことを思ってその言葉を選んではいないからです。条項のみからその意味が確定される和解条項(上記高裁判決)と、契約当時の事情に立ち戻ってその意味を探らなければならない一般の契約書との違いです。

努力目標を定める場合

なお、法的義務ではない努力目標やいわゆる紳士協定を定める場合には「@@するものとする」でも良さそうですが、その場合も、法的義務か単なる努力目標かの争いを後日に生じさせない契約書が良い契約書であると考える人は、端的に「@@するよう努める」と書くことが多いと思います。