審理不尽
「最高裁が、審理が尽くされておらず違法であるとして、高裁判決を取り消した」との事件報道がなされることがあります。刑事訴訟法には「裁判所は審理を尽くさなければならない」との条文はないのに、なぜ審理不尽が違法になるかについては、「立証を促すべき義務」等の個別の義務に違反することになるから、とする考え方(条解 刑事訴訟法 4版 弘文堂 など)と、一般条項として審理を尽くすべき義務があるから、とする考え方があるようです。
後者においては、刑事訴訟法1条が
この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
と定めているが、事案の真相を明らかにするには審理を尽くす必要があることは言うまでもないのであって、審理不尽は上記精神に反するものであると解することになると思われます。
これに関し、東京高裁昭和28年2月16日判決は
裁判所は、実体的真実発見のためには、被告事件が裁判をなすに熟するまで審理を尽すべき義務があると解すべきことは、刑事訴訟法第一条の精神に照らし、けだし、疑を容れないところであると考えられる。
と判示し、その上告審である最高裁第一小法廷昭和33年2月13日判決は
原判決の説示するがごとく・・被告事件と・・他の共同被告人に対する事件とがしばしば併合又は分離されながら・・他の事件につき有罪の判決を言い渡され、その有罪判決の証拠となつた判示多数の供述調書が他の被告事件の証拠として提出されたが、検察官の不注意によつて被告事件に対してはこれを証拠として提出することを遺脱したことが明白なような場合には、裁判所は少くとも検察官に対しその提出を促がす義務あるものと解するを相当とする。従つて、被告事件につきかかる立証を促がすことなく、直ちに公訴事実を認めるに足る十分な証拠がないとして無罪を言い渡したときは、審理不尽に基く理由の不備又は事実の誤認があつて、その不備又は誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとしなければならない。されば、原判決は、結局正当であつて・・
としました。上記判例が「原判決の説示するがごとく」としたのは「審理を尽すべき義務があると解すべきことは、刑事訴訟法第一条の精神に照らし疑を容れない」という原判決の考え方を認めたものであると見ることができます(最高裁判所判例解説 昭和33年度 刑事編 57頁7行目)。検察官の不注意で有罪の証拠となるべき多数の供述調書が提出されていないとき、「提出された証拠からは公訴事実を認めることができない」とすることは、証拠 → 事実認定 の形式論としては正しく、その意味では理由不備でも事実誤認でもありませんが、そこに審理不尽という一般条項を介在させることで「審理を尽くせば認識できたであろう事実に至っていないのは事実誤認」「審理を尽くせば有罪とすべき理由があったのにないとしたのは理由不備」という、一段階メタな論理を展開することができます。上記最高裁判決は、こういうメタな論理を使って良い、と判示したものと捉えることができると思います。そしてその後の各種判例でも「審理不尽の違法」という一般的表現がなされているようです。
その上で、審理不尽 = 判決に影響を及ぼすべき法令の違反(法411条1号)とされるパターン(例:「審理不尽の違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。」)と、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認(3号)の途中プロセスとして示されるパターン(例:「十分な審理を尽くさずに判断したものといわざるを得ず、その結果事実を誤認した疑いがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。」)とがあるようです。