慣習法
法の適用に関する通則法第三条は
公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。
と定めます。ここで言う「慣習」は「法律と同一の効力を有する」ものである以上、社会のどこにでもある緩いしきたりのようなものではなく、法的ルール(言わば社会のオキテ)として守らなければならないと皆が信じているもの(法的確信に支えられたもの)でなければならないと考えられます。
かつて大審院(現在の最高裁)は、地代を定めて土地を賃貸した場合、その地代はいつまでも同額というわけではなく、公租公課が増額されて地主の負担が増加したり土地が栄えて地価が騰貴したときは地代増額の請求をなしうることは慣習法として認められる、と判示しました(明治40年7月9日大審院判決、明治42年5月3日大審院判決)。そのような場合には増額請求することができるというのが法的ルールだと皆が信じている・・との判断です。そしてこの慣習法は、現在では成文法に取り入れられています。
借地借家法11条 地代・・が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により・・不相当となったときは・・地代等の額の増減を請求することができる。
日本は成文法の国であり、基本的な法規範が六法全書に載っていないのは問題であるので、上記のように慣習法が発見されると法務省は関係法令の改正案を提出することでこれを成文法に取り入れてしまうため(*)、国内事件に限って言えば、慣習法そのものが今さら発見され訴訟上問題となる場面は大変少ないようです。
しかし、上記の法的確信のレベルに達しない「事実たる慣習」については、国内事件でもたまに問題となります。
*白地手形を振出した場合の責任等も、大審院で慣習法として認められ、その後、その慣習法が制定法に取り入れられました(手形法10条)。
これに対し、国際法の分野では、慣習法が重要な役割を果たします。主権免除(外国国家の“主権的行為”については、国際慣習法上、民事裁判権が免除されるというルール)も、国際慣習法の1つです。例えば、米軍基地における航空機の夜間離発着は、アメリカ合衆国軍隊の正式な活動であり、活動の目的や行為の性質上、主権的行為であると言うことができるので、国際慣習法上、民事裁判権が免除されます。言い換えれば、日本の裁判所は、飛行差止めと損害賠償をアメリカ合衆国政府に対し命じることはできません。そのため、基地周辺の住民が、飛行差止めと損害賠償をアメリカ合衆国政府に対し命じてくれるよう求めた訴えは、却下となります(最高裁第二小法廷判決 平成14年4月12日)。
なお、上記判決がわざわざ“主権的行為”と限定するのは、主権的行為以外の私法的ないし業務管理的な行為については免除されない、ということを含意します(制限免除主義)。例えば、外国政府に対する貸金請求事件は却下されずに審理されます(最高裁第二小法廷判決 平成18年7月21日)。