捨印
委任状や契約書を作成する場合、欄外に捨印を求められる場合があります。
一般に、書面の訂正は、それが書面作成者の意思に基づく訂正であること(書面作成者以外の者による勝手な削除又は挿入ではないこと)が明らかになるように行われなければなりません。そのため、たとえば公証人が作成する公正証書においては
公証人法38条(意訳)
証書の文字は、改ざんすることはできない。
2 証書に文字を挿入するときは(「1行目 挿入2字」のように)その字数と箇所を欄外か末尾の余白に記載し、公証人と、公正証書作成を嘱託した者(又はその代理人)が、これに捺印しなければならない。
3 証書の文字を削除するときは、削除後も削除文字が明らかに読めるようにするため(2本線で削除するなど)元の字体を残し(「3行目 削除4字」のように)削除した字数と箇所を欄外か末尾の余白に記載し、公証人と、公正証書作成を嘱託した者(又はその代理人)が、これに捺印しなければならない。
4 前三項の規定に違反してなした訂正は、その効力がない。
とされています。
契約書や委任状の訂正も、勝手に訂正されたものではないことを明らかにするため、上記に準じた形式とする必要があり、それらに誤字が見つかったときは、厳密な方式で訂正するとすれば、まず誤字を2本線で抹消し、次に正しい文字を挿入し、さらに「削除@字、挿入@字」と記入した上で、せっかく受領した書面を相手方に返送し、訂正印を捺印した上で返送してくれるようお願いしなければなりません。
しかし、信頼する相手に(あくまでも信頼する相手限定です)急ぎの委任状を交付するような場合には、訂正事項があるたびに委任状を郵便で往復させて訂正印をもらっていると手続きが遅れてしまうので、訂正印を事前に押捺しておいてもらい、万一の場合には随時訂正できるようにしておけば、手続き遅延のリスクを回避することができます。例えば、会社の委任状における委任者の住所、社名及び代表取締役氏名は、法人の登記簿記載のそれらと完璧に一致している必要があり、誤記があれば手続きが止まりますが、あらかじめ訂正印をもらっておけば、訂正印を利用して随時に誤記を訂正して手続きを進めることが可能となります。
また、さほど重要でない契約書を信頼できる相手に(あくまでも信頼する相手限定です)交付する場合には、訂正印をあらかじめ押捺して、誤字発見時の契約書の再往復を防ぐこともあります。
このように、相手方に対し、誤記訂正の権限を与える趣旨で、事前に訂正印を押したものが、捨印です。
ただ、捨印があれば後からどのような訂正も許されるわけではありません。それは結局、捨印を押捺した当事者の合理的意思解釈の問題(「ここに捨印を押す人は、普通、どういうつもりで押すものか?」という問題)です。最高裁昭和53年10月6日第二小法廷判決は、債権者が訂正印を利用して年3割の遅延損害金の約定を書き加えた事案について
債務者のいわゆる捨印が押捺されていても、捨印がある限り債権者においていかなる条項をも記入できるというものではなく、その記入を債権者に委ねたような特段の事情のない限り、債権者がこれに加入の形式で補充したからといつて当然にその補充にかかる条項について当事者間に合意が成立したとみることはできない。
としました。特段の事情のない限り、借用書に捨印を押捺する人は「遅延損害金も債権者がどうぞ好きなようにお決め下さい」という趣旨で押捺している・・はずがないからです。