地代・家賃を「内金として受領」した場合と、受領拒絶

場合分けの必要性

借地借家法11条2項は

地代等の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。

と定めます(同法32条2項は、借家についても同様に定めます)。上記は、地主が法外な地代増額請求をし、増額地代を支払わなければ債務不履行による解除を主張する・・といった事態を防ぐため、裁判確定までは借地人が「自分で相当と認める額」を支払えば良い(増額地代が確定するまでは、それが債務の本旨に従った履行(民法415条)になる)こととし、その代わり不足分には年1割の利息を付けさせて当事者間の利害を調整したものであると考えられます。

ところで、賃料増額の場面では、増額請求を受けた賃借人が、従前どおりの(又はこれに少し上乗せした)賃料を持参したのに対し、賃貸人が「この金額なら内金として受領します」と言う場合がありますが、このような内金としての受領は受領拒絶にあたるのか?が論じられることがあります(もし受領拒絶なら、賃借人が持参した賃料を一旦持ち帰って期限までに支払わなくても遅延利息は付かず(民法415条1項但書、419条)、地主が契約を解除するには態度を改めて受領遅滞を解消しなければならず(最高裁昭和45年8月20日 昭和42年(オ)803号)、また借地人は地代を供託することもできます(民法494条1号))。

ここで「内金」の対義語が「満額」であるとするなら、この問題の前提として、そもそも各場合における「満額」とは何であるのか(内金内金と言うけれど、それは何に対する内金か?)を考えることが必要であり、この点を意識しないと議論が錯綜してしまいます。

合意済みの増額賃料の内金の場合

この場合は、持参した賃料を賃料の内金として受領するのは当然で、それは違法な受領拒絶ではありません。例えば、

借地人は、自分の代理人を通じ、地主との間で地代を22万円に増額する旨を合意したが、借地人は、その後、右金額に不満を抱き、当初から月額12万円しか支払おうとしなかったので、地主はこれを内金として受領した。

という場合は、合意された地代につき債務の本旨に従った履行をしていないのだからこれを内金として受領しても受領拒絶ではありません(東京地裁平成2年12月14日 平成1年(ワ)10205号)。

借地借家法11条の「これから裁判で確定する額」の内金の場合

この2番目の場合は、借地借家法11条に則って処理するという意味であり、そのような法を遵守した態度が違法な受領拒絶の表明と認定されることはないのではないかと思います。

最高裁昭和50年4月8日(昭和49年(オ)975号)は

被上告人は本件地代増額請求後に上告人から従前の地代額ないしその二割増の地代額を増額地代の確定額として受領することを拒む意思であつたことが明らかであるが、一方、被上告人は借地法一二条二項所定の借主において相当と認める地代額の受領をも拒む意思ではなかつた旨の原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、右事実関係のもとにおいては、上告人が同条項に基づき弁済の提供をしない限り、賃料債務不履行の責を免れないとする原審の判断(*)は、正当として是認することができる。*受領拒絶にはあたらない、という判断。

と判示しました。上記被上告人のように、地代を借地借家法11条2項による支払(最終的には裁判で確定した額との差額が調整される)として受領する意思である場合は、要するに後日裁判で確定する額に対する内金として受領したことになりますが、それは受領拒絶ではない、というのが最高裁の判示です。

また名古屋地裁昭和47年4月27日(昭和43年(ワ)1918号)が

原告は・・値上げ分については裁判で確定することとし、それまでは従来通りの賃料額を受領するから約定の賃料を精算のうえ、昭和四三年五月一六日までに支払うべき旨を催告した。

という借家の事案につき

賃料の受領を拒絶しているものではないことが≪証拠省略≫により明らかである。

としたことや、名古屋高裁昭和49年11月7日(昭和47年(ネ)257号)が

控訴人は・・賃料の全額として受領する意思はなかったから現実の提供は必要ではなかったと主張するけれども、前記のとおり、被控訴人の催告は増額請求についての裁判確定するまでは月額金二四〇〇円の従前の約定額の限度で支払を求めるというものであるところ、このような趣旨で催告をしている場合にあっては、その時点においては直ちに支払により被控訴人において債務全額消滅の効果発生を容認するものではないけれども、現実の提供を要すると解するのが相当である。

として受領拒絶を否定したことなども、同様の見地から理解することができます。

増額請求額の内金の場合

賃貸人が、通知済みの増額賃料の額にこだわり、賃借人が支払う賃料を「自分が通知した増額賃料の内金として受領する」と表明した場合の内金は、上記2番目のパターンの借地借家法11条が想定する内金とは別物であり、そのような場合は賃貸人には同条にもとづく債務の本旨に従った履行(裁判確定までは「賃借人が相当と認める額」の支払いが債務の本旨に従った履行となります)としてこれを受領する意思がないとして、履行拒絶の表示と認定される傾向にあるようです。

東京地裁平成5年4月20日(平成3年(ワ)7178号)が

地主が、賃料月額約14万円を約79万円に増額する旨の意思表示をした(なお、鑑定を踏まえた裁判所の判断によれば、適正な増額賃料は15万円であった)ところ、借地人が従前どおりの約14万円を振込んだので、借地人に対し内容証明郵便で「約79万円の一部として受領いたします」と通知した。

という事案について

右相当と認める額の賃料の支払は債務の本旨に従った弁済であつて、賃料支払義務に対する一部弁済(内金弁済)ではないというべきである。したがって・・賃料の弁済を受けた際、これを増額賃料の一部(内金)として受領する旨通知することは、特段の事情のうかがわれない本件では、賃料全額の支払としてはこれの受領を拒絶するとの意思を明らかにしたものと解するのが相当である。

としたり、東京地裁平成31年3月14日(平成29年(ワ)33586号)が

月額賃料を約4万円から約8万円に増額する意思表示の後、賃借人の妻が地主の自宅を訪ね、持参した約4万円を地主に交付しようとしたが、地主は約8万円を支払うことを求め、持参した賃料は内金として受領する旨を述べた。

という事案について

妻としては原告が増額後の賃料額でなければ受領しないものと受け止めることもやむを得ない・・法的には受領拒絶というのが相当である

としたことなどは、そのような見地から理解することができます。

*前記最高裁判決の後に出された最後の2つの裁判例について,最高裁判例と矛盾するものとして捉える向きも一部にあるようですが、「内金」という字面が同じであることにとらわれず,各場合における「内金」の実質的な意味を考えれば、両者は矛盾するものではないと思います。