簡裁の調停を地裁専門部に移送する方法
目次
簡裁における調停の限界
建築紛争においては,簡易裁判所における調停を申し立てられる場合があります。それが紛争解決の良い機会となる場合もありますが,調停委員の方の個性が事件を迷走させてしまう場合もあります。
民事調停は,簡裁の裁判官が調停主任となり,2名の調停委員とともに調停委員会を構成し,互譲(互いの譲り合い)による紛争解決を目指す手続きです。調停委員は,通常,弁護士1名+有識者1名からなりますが,建築に関する事件であるからといって,必ずしも建築の専門教育を受けた方が委員に任命されるわけではありません。やや古い資料ですが平成17年10月1日現在のデータによれば,東京簡裁の調停委員712名のうち弁護士以外の有識者は418名,うち建築士は10名であり,単純計算では有識者委員として建築士が任命される確率は約2%です。おそらくそのような人的制約もあってか,時として,専門知識のない調停委員の不正確なあるいは誤った理解の下に調停が進んでしまう場合もあります。思い込みの激しい調停委員の方が,建築工学上は問題のない点を瑕疵と誤認して請負人側からの理を尽くした説明にも耳を貸さなくなってしまい,建築会社側に対し金銭の支払いに応じるよう厳しく言い立てる場合さえあります。
そのような場合には,建築会社側としては,いくら譲り合いとは言っても間違いを前提とした譲歩をするわけにもゆかず,やむを得ず調停不成立による事件終了(民事調停法第14条)を目指すことになります。
地裁への移送による解決
しかし,仮に建築会社側が「当社としても調停による円満解決を希望する(そのためにはある程度の金銭支払いも可能である),しかしそれは調停が正しい建築知識の下に主宰されることが前提である」と考える場合,東京簡裁の調停事件については、それを東京地裁の調停・借地非訟・建築部(民事22部)へ移送するよう申し立てる,という方法もあります(厳密には,東京地裁への“移送”を申し立てるとともに,移送を受けた同地裁が事件を同部に“配点”するよう上申する,ということになると思います)。民事調停法第22条が準用する非訟事件手続法第10条が準用する民事訴訟法第18条によれば,簡易裁判所の裁判官は,裁量により,調停事件をその所在地を管轄する地方裁判所に移送することができるからです。
ちなみに,民事調停法の下記規定だけを読むと調停事件は簡裁の管轄であると思いがちですが,上記の法律の準用により(まるで伝言ゲームのような準用ですが,調停の専門書にはきちんと記載されている準用関係です(民事調停の理論と実務 第2版 46頁)),担当裁判官の裁量による地裁への移送は可能とされています。
(管轄)
第三条 調停事件は、特別の定めがある場合を除いて、相手方の住所、居所、営業所若しくは事務所の所在地を管轄する簡易裁判所又は当事者が合意で定める地方裁判所若しくは簡易裁判所の管轄とする。
*移送の相当性の裁量的判断にあたっては,反対当事者に異論がないことも1つの判断要素となるので,移送申立て前に相手方(の代理人弁護士)の賛同を得ておく方が良いと思います。