民法改正で請負人の責任期間の起算点が「引き渡し時」から「契約不適合(瑕疵)を知った時」へと変わる?・・

平成29年5月,改正民法(平成29年法律第44号)が成立し,同法は,平成32年4月1日から施行されます。ところでこの改正に関し「請負人の注文者に対する責任期間の起算点が「引渡し時」から「契約不適合を知った時」へと変わるのか?(だとすると,注文者が契約不適合に気付かない限り請負人の責任は存続するのか?)」との疑問を持たれる方がいらっしゃるようです。

改正民法の規定

請負に関する個別規定

改正民法は,請負に関し,以下の規定を置きます。

第六百三十七条
前条本文に規定する場合(=請負人が契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡した場合)において、注文者がその不適合を知った時から一年以内にその旨を請負人に通知しないときは、注文者は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。
2  前項の規定は、仕事の目的物を注文者に引き渡した時・・・において、請負人が同項の不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、適用しない。

この個別規定だけを読むと,これまでの民法が瑕疵担保責任期間につき「引き渡し時」を起算点としていたのに対し,改正民法は,注文者が「契約不適合を知ったとき(のみ)」を起算点としているように思われるかもしれません。この点については,かつては大手雑誌にも,そのような理解にもとづく記事を見ることができました(例)。そうであるとすると,請負人の責任は,注文者が契約不適合(瑕疵)を知らない限り存続することになります。2項が適用される場合(請負人が不適合を知り、又は重過失によって知らなかったとき)は,知ってから1年以内の規定も適用除外となるので,請負人の責任は文字どおり永久不滅ということになってしまいます。

例:日経アーキテクチュア2015年4月25日号P7「民法改正でリスク増す設計者 引き渡しから20年超でも損害賠償が請求しやすくなる」は,「瑕疵担保責任期間については,現行民法が「引き渡し時」を起算点としていたのに対し,改正案では発注者が「瑕疵を知ったとき」を起算点としている。」と説明します。

総則規定

ところで新民法には,債権に共通のルールとして,下記の規定があります。

(債権等の消滅時効)
第百六十六条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
二  権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。

(注)権利を行使することができるとは,権利行使についての法律上の障碍がない状態をいい,契約不適合(瑕疵)を知らなかった等の事実上の障碍があったとしても,権利を行使することができなかったということにはなりません(最高裁昭和49年12月20日判決参照)。

(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)
第百六十七条 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。

以上のように総則規定と個別規定とがある場合,請負人の注文者に対する責任は,個別規定だけが適用され注文者が契約不適合を知らない限り永久不滅なのでしょうか,それとも

ア. 権利を行使することができる時から10年(人の生命又は身体の侵害に関しては20年)(総則規定)
イ. 注文者が契約不適合(瑕疵)を知ってから1年(個別規定)

のどちらかが到来すれば消滅するのでしょうか?

最高裁判例

これについては,最高裁がすでに解答を示しています。
改正前民法には,上記にそっくりな規定として「売買の瑕疵担保責任の追及は,事実を知った時から1年以内にしなければならない」という条文がありました(570条,566条3項)。これについて「売買から約21年(!)が経過したけれど,自分が事実を知った時からまだ1年は経過していないので,瑕疵担保責任は存続している」と主張してその履行を求めた事案につき,最高裁平成13年11月27日判決は

買主の売主に対する瑕疵担保による損害賠償請求権は・・民法一六七条一項にいう「債権」に当たることは明らかである。この損害賠償請求権については、買主が事実を知った日から一年という除斥期間の定めがあるが(同法五七〇条、五六六条三項)、これは法律関係の早期安定のために買主が権利を行使すべき期間を特に限定したものであるから、この除斥期間の定めがあることをもって、瑕疵担保による損害賠償請求権につき同法一六七条一項の適用が排除されると解することはできない。さらに・・瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の規定の適用がないとすると、買主が瑕疵に気付かない限り、買主の権利が永久に存続することになるが、これは売主に過大な負担を課するものであって、適当といえない。したがって、瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の規定の適用があり、この消滅時効は、買主が売買の目的物の引渡しを受けた時から進行すると解するのが相当である。

と判示しました。

法制審議会部会資料

上記を踏まえ,民法改正の法制審議会の部会資料は,以下のとおり説明します。

「瑕疵についての請負人の責任は,短期期間制限とは別に消滅時効に服することになる。判例は,売主の責任に関するものであるが,民法第570条による損害賠償請求権は,短期期間制限とは別に,目的物を引き渡した時を起算点とする10年の消滅時効(民法第167条第1項)に服するとしているが,これは仕事の目的物に瑕疵があった場合の請負人の責任にも同様に妥当し,これを変更する理由はないと考えられるからである」(平成24年9月11日法制審議会部会資料46第1,4(5))。

以上によれば,新民法における請負人の契約不適合責任は,上記ア.とイ.のいずれか早い方が到来したときに消滅することがわかります。つまり,新民法をあえてわかりやすく書き換えると

「契約不適合(瑕疵)についての請負人の責任は,目的物を引き渡した時(注1)(注2)を起算点とする原則として10年の消滅時効に服する。但し,注文者がその不適合を知った時は,1年以内に請負人に通知しないと,上記期間内であっても,その権利を失う。(注3)

となります。

(注1)一般の方向けに「権利を行使することができるとき」(客観的起算点)の標準的な場合をわかりやすくお示しするなら,このような書き方になると思います。

(注2)時効期間の始期を引渡時とする理由につき,例えば大阪高裁昭和55年11月11日判決は,目的物が不足であった場合又は一部滅失していた場合に関し「右時効期間の始期は、買主が数不足や一部減失の有無を自ら検査して代金減額請求権等を行使することができるはずの状態になった時、つまり目的物の引渡しを受けた時であり・・・」とします。

(注3)1年以内の請負人への通知は,期間10年の時効の中断とは別問題です。1年以内に請負人に通知したものの,その後ほったらかしにして,権利を行使することができるときから10年が経過したら,期間10年の消滅時効が問題になります。また,仮に「注文者がその不適合を知った時=権利を行使することができることを知った時(主観的起算点)」であるとするなら(実際には事案に応じた個別の判断になると思いますが),そこから5年の経過で期間5年の消滅時効が問題となります(民法166条1項1号)。

結論

以上のとおりですので,最高裁判例,そして法制審議会資料に依れば,冒頭のような疑問については心配ご無用であることがわかります。

*建築会社,設計会社等の業務により生じた債権の原則的な時効期間は5年とされてきましたが(商法第522条),民法改正に伴い,上記の商事消滅時効は廃止されますので(民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律第3条1項),これを考慮する必要はありません。